マスターは期限付きだからと私を宥めた。
その言葉に嘘はない。けれど、あの人は違う。
きっと怖い怖いと言って泣いて、マスターが仕方ないねと言って、笑顔で楔を差し出すの。
変われないモノは不要だって言った瞬間に、コロッと変わるの。
取り繕って、必死になって惨めに、縋りつくの。きっとそう。
あの子が一番怖いのはマスターと一緒に居られないこと。
炎も、背の高い子も、周りを取り囲まれるのも、ぜーんぶそれの前には無意味なこと。
私もあの子も、同じ穴の貉だから。
不愉快。そう、今の気持ちを端的に表すのならばその言葉が相応しい。私の居場所は変わらない。ただ、隙間に居座る子が邪魔なだけ。
『なんのつもりですか? 炎李さん』
『いや、良いことでもあったのか?』
私の顔、そんなにわかりやすいですかね。あくまであれは内緒話だし、私自身も誰にも話す気はない。私の機嫌で悟られるというのもなんか嫌だ。そうですね、適当なことを言って誤魔化しますか。
『分かります? 今日、ちょっと寝起きが良かったんです』
『ああ、なるほど』
これで納得するって普段の私は一体。……まぁ、いいでしょう。怒った所で何に対して不満なんだと逆に勘付かれてしまうかもしれません。えぇ、起りませんとも。炎李さんの中で、私の印象ってどうなってるんでしょうね。
『(珍しく津波が起きるまで待っていたし、そのおかげだな)』
『おっはよお。なに話してるのぉ?』
『黙れ駄犬。今思い出に浸ってるんです』
『????』
『疾風、一旦俺たちは下がるぞ。喧嘩するだけ無駄だ』
『炎李さん、その喧嘩買いましょうか?』
『疾風、風音はお前にようがあるみたいだ』
『待ちなさい、今すぐ貴方の澄ました顔を蹴り飛ばしたくなりました。大人しくサンドバックになさい』
ああ、もう、逃げるな! ばかっ!
私の短い手では、炎李さんの動きを止めることなど不可能。止まりなさいと言った所で、大人しく従うようには見えない。マスターが言ったら従うとは思うのですが……。私にマスター程の権限があればいいのですが、これも仕方のない話。私はマスターでは無いので。
「今日のご飯はどうだった? 風音」
『美味しい味でした!』
今日は苦くありましたが、別に食べられない訳ではありません。食べた後に不調になる訳でもないですし。そう、これはきっと美味しい苦み……!
「苦すぎなかった? 我慢して食べたりしてない?」
『?? あれが普通なんですよね? 美味しかったですよ!』
マスターが出してくれるものなら、なんでも美味しく食べられる気がするんです。
『津波さん』
「おはよう、沙月。ご飯はどうだった?」
は? なんでここに来たんですが。なんで、なんで、なんで、まだ、私がマスターとお喋りしているのに。ついてる目も、耳も、欠陥品じゃないですか。さっさと何処かに行って……。
『美味しかったです! あ、でも、ちょっぴり残しちゃって……』
「多すぎた? お腹一杯ならそれでいいよ。今日の予定は……」
マスターからのご飯を残した? 残した? 残しましたね、貴方。かわい子ぶってるつもりですか。お腹がはち切れ様とも詰め込みなさい。マスターが私たちの為にと考えて選んでくれたものです。残すだなんてとんでもない! 今すぐにでもその口に詰め込んで……!
「風音、行くよ」
『へ!? あ、はい!』
あわわ、反応が遅れました。やだやだ。マスターが一番なのに、でも、でも、あの子がマスターのご飯を残すのがいけないんです。わかってくださいマスター。決して、決して、マスターのことを蔑ろにした訳じゃ……!
「氷河、進路変更できる?」
『あ?』
「ディランさんが、この時期なら珍しいお祭りがあるって」
『祭り……?』
「アーシア島って言うんだけど……」
そう言って、マスターは鞄からガイドブックを取り出した。
相変わらず氷河さんは理解が早い。
私がちっともわからない話を簡単に理解して実行に移せる。
経験なのか慣れなのか知らないけれど、マスターに頼りにされるっていいな。
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