祭礼

079
 神が世界を創造した時、ある程度の幅を持たせた。
 その幅から逸脱したモノ、あるいは小さすぎて入れなかったモノ。
 それら全てをゴミとして、処分されるような仕組みを作った。
 ゴミはゴミ。世界のゴミ。排除するべき異物。
 いつか世界を破壊する可能性を秘めたゴミだと、何人が理解しているのだろうか。


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 ぼこりと、口から吐き出した空気が上へと上がっていく。沈んでいく体とは対照的に、上っていく空気。氷河をボールから出して海上へあがろうとしたが、どうも反応してくれない。息が続かない。海水を飲むのもよくないが、これ以上耐えるのは無理だと口を開いた。
 ごぼりと、音を立てて浮かび上がる泡。それを見上げながら僕はどんどん沈んでいった。
『ああ すまないね=x
『人の子は 弱いんだった=x
 急に息が苦しくなくなった。水の中にいるのは変わらないのに、息ができる。不思議な感覚だ。
「君は……」
『好きなように 呼ぶといい=x
『なんと呼ばれようとも わたしも 一つの命だ=x
 暗にそれが、神としての全能性を否定しているように聞こえた。
「神様になりたくなかったの?」
『さあ=x
『わたしたちは 産まれた時から そう だった=x
 完璧な形で誕生した生命。他者を凌駕する力を以て生まれた命。
『ただ きみはいいね=x
「?」
『臆することも 崇めることもなく とても穏やかに語りかけてくる=x
「敵意がないのなら、和平を求めるのが普通では……?」
『そうだね 君の常識ではそうだ=x
 欲深い人は、それはまた違う対応をするだろう。
 それこそ、滅多に見ない存在だ。神として祭られている分、力も数段上だろう。欲しいと手を伸ばす人がいるだけ。そして、そういう人ほど彼らという存在を探して、捕えようとする。世間知らずの箱入りの子が善意でも何でもない、その人にとっての当たり前に触れて感動する。悪人を見続けてきた故に、善人のハードルが限りなく低いのだ。
『彼がきみを気に入ったのも わかる=x
「ここに連れてきた理由は、それ?」
『いや それはオマケ=x
 ただ、とてもいいものを貰ったと、彼は穏やかな声を出す。
『きみは フェイリヤをどうするつもりだ=x
 声のトーンが落ちる。返答一つで、未来が変わる。気に入られなければ、容易く僕の命は消えるだろう。真意を確かめようと、まずは彼を見る。此方の答えを待っているらしく、見た所でそれといった反応はない。
「フェイリヤってなに」
『きみが 連れている ゴミのことだ=x
「ゴミなんて連れていない」
 誰を指しているのかはわかっているが、改めて言われるとムカつくな。友好的な雰囲気だったはずなのに、一気に険悪になる。彼方側の好感度は変わっていないのに、こっちの好感度はグングンと下がっていく。
『ああ、そうか=x
『きみにとっては あれは ゴミじゃないのか=x
 合点がいった、新しい発見をしたと無邪気な子のような声を出す。弁解するように彼は云う。
『わたしたちにとって あれは 総じてゴミなんだ=x
『きみたちがどう思おうが関係は無い=x
「どうして君たちは……」
   何も知らないはずの風音を、ゴミと呼ぶの?
『それを知って、きみはどうする=x
『変えようのない事実を知って 傷でも舐めあうのかい=x
 知った先でどうするのか。知った後のことは考えてなかったな。
「知っても知らなくても、一つ言えることは、風音はゴミみたいな存在じゃないってこと」
『?=x
 きっと彼らは風音の秘密を知っている。僕の知らない風音のことを知っている。だから、きっと、そう呼んでしまうのだ。
「風音はね、僕には勿体ないぐらいのいい子なんだ」
 たくさん、たくさん、自慢をしよう。風音に直接言ったらきっと顔を背けられてしまうから。
「可愛くて、頑張り屋さんで、好き嫌いは許すのに、ご飯のお残しは許せない。友達を作りたい癖に、強がって仲良くなるのにすごく時間がかかる。だから、自分から歩み寄ってきてくれるのはすっごく貴重なこと」
『…………=x
「寂しがり屋で、誰でも彼でも傍にいてほしい訳じゃないけど、孤独が一番嫌い。そういう時は誰かを求めるの。誰もいいから傍にいてって言って」
『言葉は通じていないはずだ 妄想か=x
「うん、妄想」
 困惑する彼を置き去りにして、僕は咲い(わらっ)た。
「いいでしょう、僕の大事な相棒は」
  ははっ=x
 目を見開いて、彼はようやく僕の言葉の真意に気が付いた。
『羨ましいほど 素晴らしい絆だ=x
 そういう言って微笑みを浮かべた彼の顔は、僕を友と呼んだ時の焔とそっくりだった。
「僕の名前は、津波」
 握手を求めるように手を伸ばす。
「君の名前は?」
『人はわたしを 海の神と呼ぶ=x
 僕は苦く笑って、それは名前じゃなくて字名でしょと咎める。
 それを名前として使いたいのなら話は別だけれど、何もないからそう言ったに近い。
『そうだな ではこうしよう=x
『私の友、津波 悠久の時を過ごす私に一時の思い出を=x
 焔から話を聞いていたのだろう。彼と出会ったときと変わらない。
「僕が呼んでいいの?」
『名付けの才があると聞く=x
「ハードル上げないでくれるかなあ」
 名付け親になれて嬉しくない訳ではないのだ。
  なぎ
 海が常に穏やかでありますように。平和を望む君が力を全力で力を使う日が来ないよう。
『ふふふ 凪、そう、凪か=x
『君の大事なものは わたしにとっても大事にしたいものだ=x
『例え向かう先が破滅だとしても きみはあの子の手を取るのだろう=x
 あの子。認識が少しでも変わったのであればそれでいい。
「破滅なんてないよ。カミサマの予言だって、僕らで覆す」
 空から音が降ってくる。聞き覚えのある音。  嗚呼、そうだ。操り人役を任された時の夜の宴。そこで巫女として登場した子が奏でていた笛の音だ。
『時間だね=x
『そろそろ君を返そう 祭りが無事に終わるのに もう一人の主役がいないのも寂しいからね=x
 凪は巨大な翼をはためかせ、僕の足元へと潜る。そのまま僕を乗せて上へ上へと上昇していく。
『友がきみを選んだ 掛け替えのない友であると認めた=x
『わたしもきみの可能性を見た きみならば彼女を幸せにできる=x
『そんなきみたちなら 大丈夫だろう=x
『好き勝手 生き抜いてみるといい=x
『きみに生命の火種が芽生えぬよう 願っているよ=x
 ざばんと、水しぶきが上がる。眩しい太陽。祭りを見守っていた人たちが僕らの登場に歓声をあげる。凪は気にした様子もなく、僕を地面へと下ろした。一方的な別れを告げ海へと潜っていく。
 色々な人たちが僕を見ている。ただ、その前にやることがある。両手を広げて待った。
「おいで、風音」
 呼べば、遠慮なんてものはなくすごい勢いで風音が跳んでくる。応えるように抱きしめ、僕は風音に「ただいま」と、言った。

祭礼
 お祭りは無事に終わった。
 巫女が選んだ「優れたる操り人」は見事、三つの試練を潜り抜けた。
 試練を潜り抜けた「操り人」はその功績を自慢することなく、簡単な言葉を返した。
「貴重な体験でした」
 ここでしか得られなかったものがあると、そう笑った。


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