追憶

080
 祭礼は無事終わった。
 試すだけだったはずが、予想していなかったものを得てしまった。
『(まさか、わたしが……な)』
 聞いた当時は、珍しいこともあると無関心だった癖に。
   長く生きた片割れのような存在が、300年前はあんなに沈んでいた奴が。
『聞いておくれ、友』
 あんなに失いたくないと嘆いていたヤツが、心変わりするとは、な……。


▼ △ ▼ △ ▼

 空が濁り、強い風が吹く。雨が来る時にある独特な匂い。水っぽくて、どこか生臭い。湿度が急激に高くなっているからか、じめじめとした空気が肌を触った。
「あめ、ふっちゃう……」
 パタパタと走り出し、家中の扉を閉めて回った。高いところは踏み台が無いと閉められない為、何度か踏み台用の椅子を動かして少しずつ、自分が怪我をしないように窓を閉める。
 窓を閉めれば部屋は暑くなってしまう。教えられた位置にあるエアコンのスイッチを押した。…確か、青いボタンを一回押すとよかったはず。
「……」
 ピッと、音がなった。音を立ててエアコンが動き出した。これで大丈夫。お部屋はだんだん涼しくなる。
「あとは……」
 ぴとりと、ガラスに張り付いて外を見る。
「!」
 見つけた、やらなきゃいけないこと。
「おせんたくもの!」
 ダイニングの椅子の上に立ち、机の上に置いてあるモンスターボールに手を伸ばす。届かない。お行儀は悪いが緊急時だから仕方がないと、机の上に乗る。ようやく手に入れたモンスターボールは両手でも包み切れない大きさだった。
「よし」
 雨が降る前にやらなきゃと、外へ出る。上へと放り投げるとモンスターボールが開閉した。
「フッシ!」
 家の中では決して出すことのないポケモン。  フシギバナ。滅多に家に帰ってこない父が母を心配して置いていったポケモンの一匹だ。
 ゆっくりと落ちてきたボールが手の平の中に戻る。スイッチを押して小さくし、ポケットの中に突っ込んだ。
「もうすぐ あめだから、おせんたくもの とりこむの。てつだって」
 にっこりと、フシギバナは笑って了承した。元より、父のポケモンが自分のお願いを断ったことはない。無茶なお願いをしたこともないということもあるが、赤ん坊の時から知られているのだ。それもあるかもしれない。
 家の中からカゴを出す。玄関前まで行くと、フシギバナが待ってくれていた。重たかったカゴを蔓を使って持ってくれた。これは玄関じゃなくてベランダの窓を開けたほうがいいな。
「フッシ、ベランダあけてくる!」
 のんびりとした声が背中を押す。まるで、転ばないでねと言われたようだった。
 さっき閉めた窓を、よいしょと開ける。外で待ってくれていたフッシが部屋の中へと起用に籠を持って行ってくれた。
「ありがと、あめ、ふっちゃうから もどって」
 ポケットの中に入れておいたモンスターボールを向ける。素直にモンスターボールの中に戻っていった。元の位置に戻しておかないといけない。椅子を上り、机の上に置いた。
 緑色のソファーの上に、とんと乗った。横になると、しょぼしょぼと目が落ちていく。
「あら、お洗濯ものを入れてくれたの? ありがとう、津波」
 眠気と戦っている中、あったかい手が降ってくる。それが気持ちよくて眠気に負けてしまった。

▼ △ ▼ △ ▼

 美味しそうな匂いに吊られて、ぴょこんと飛び上がる。
「おはよう、津波。もうすぐご飯だから手伝ってくれる?」
 ざあざあと、雨が降る外。ガタガタと小刻みに揺れる窓。
 母はいつものように微笑み、自分の答えを待った。
「うん」
「ありがと。じゃあ、まず、手を洗ってきて」
 できたと、仕事を貰いに行くとまず、ランチョンマットが三つ渡された。いつもの位置に置き、追加で渡された箸置き、お箸を順番に置く。準備ができたと、満足すると母に呼ばれた。自分用の小さなお茶碗に、あつあつの白いご飯が乗せられている。
「熱いわよ、火傷しないでね」
「うん」
 落とさないように両手で包み込んでいくと、徐々に手の中が熱くなっていく。机についた頃には、手の感覚がなくなっていた。知らぬ顔をして母の元に行くと、やってきたのは母のお茶碗ではなく、母の手。
「痩せ我慢しないの、お汁持っていくから運んでくれる?」
「うん」
 そういって渡されたのは空っぽのお茶碗。まだ空っぽだからと、机の隅に置く。
「すみっこに置いたら落ちちゃうわよ? 津波」
 指摘されて、慌てて中の方に入れる。……落ちないと思ったのに。
 母が自分の分の白ご飯と、野菜類を持ってくる。  鍋敷き持ってきてと、最後のお願いをされ、終わった頃には今日のご飯が並んでいた。
「お手伝いありがとう。座って、津波」
 ガタガタと窓が揺れる。やや不安そうな顔をした母が珍しくテレビをつけた。
 ずっと大人しく待っていたサトシが我慢の限界だと泣き出す。あらあらと言って、母は慣れた様子でサトシの相手をし始めた。

80/110
Back - INDEX - Next

back to top