追憶

081
 窓が光り、とんで、雷が落ちた音、木々が割れる音が聞こえた。
 雷の音に反応したサトシが、わんわんと泣く。
 こっそりと覗いた星一つない真っ暗な外の世界。
「!」
 静かに光り輝く、暗闇の中の虹を見た。
 ぴかりと光った世界。虹は雷に打たれ、空から落ちる。
 ゴロゴロゴロ、とんで、木々が折れる音。  台風が来た蒸し暑い夏の夜のことだった。


▼ △ ▼ △ ▼

 台風が過ぎ去ると、昨日のことがなかったように空は青々としていた。
 森から飛んできた木の枝や、まだ蒸発しきっていない水溜まりが昨日の音は嘘ではなかったと教えてくれる。遊んでくると言うと、母はお守りとしてモンスターボールを一つ持たせた。父が置いていった子のどれかだろう。
 雨がもう一度降るかもしれないと、レインコートを着て、長靴を履いて歩く。ぴちゃぴちゃと水たまりを勢いよく踏んで、ひとり楽しくなった。

 森の中につくと、いつも見ていた子たちがいない。そういえば、昨日、空から虹が落ちていた。
「……!」
 もしかしたら、この近くに落ちているかもしれない。お空に浮いている虹を手にできるなんて夢みたいだと、意気揚々と散策を開始する。
 ぬかるんだ地面に足を取られないよう気を付けながら歩いた。
「わあ……!」
 どこまで歩いたかわからない。結構奥まで来た。お隣さんのお庭の奥まで勝手に入ったのだから、それもそうか。地面に伏すように倒れていたのは身の丈の倍ほどある大きな、大きな鳥だった。
「怪我してる……?」
 羽は所々焼けていて、伏している体は今も尚、泥水を吸い続けている。鳥って水を吸いすぎると飛べなくなるって聞くけれど……。このままじゃいけない!と、来た方向を振り向く。
  くな=x
 ふいに聞こえた声。辺りをきょろりと見渡しても誰もいない。気のせいかと、来た道を戻った。

▼ △ ▼ △ ▼

家の中においてある医療キットを求めると母は快く貸してくれた。
「昨日の台風すごかったものね。怪我をした子がいるのね。はい、ちょっと重いわよ」
 小さな子供用のリュックサックを渡され、これでよしと母は笑った。
「使い方は前に教えた通りよ。恥ずかしがり屋さんたちにもよろしくね」
「はーい」
 普段から森の中を行き来する自分に対し、母は甘い。怪我をした子がいたから治してあげたいと伝えると快く傷薬を渡してくれた。オーキド研究所に連れて行かないのか? と、この町にある唯一の治療施設のことは言わない。野生の子たちは警戒心がとっても強いから。
 レインコートの上に、リュックサックを背負いまた歩き始める。道を忘れないようにチョットした目印も付けた。森の中でそれを回収しようと思ったのだが、首を傾げる。
「おかしい……」
 森の中で目立つ傷のある木の幹に次の行き先を示した石ころを置いたはずだ。しかし、そんなものはないと言わんばかりに石は無い。再利用するために石は適当に積んだりしているのだが、それすらない。
「だれかが うごかした……?」
 積んでいるときはともかく、目印にしているときは故意に動かさなければ変わらないはずだ。
 むむむと、睨みつけるように散乱した石ころを見る。ただ、わからないものは仕方がない。目印がなくなったのであれば後は記憶を頼りに探すだけだ。
 両手を目に当ててついでに目も閉じる。気分はかくれんぼの鬼だ。見ている世界は真っ暗に。真っ暗な世界で目を凝らすと、青白い世界が映る。ぐるんぐるんぐるんと、世界が目まぐるしく変わる。木々の間を潜り抜け、その先にいる巨大な影。
  いた」
 不思議な世界は、真っ暗な世界じゃないと使えない。使った後はぐわんぐわんと頭が痛いし、目も回る。落ち着いた頃に、よいしょと立ち上がる。転ばないように気を付けて、大きな鳥の元へと急いだ。

「おきた? おきてない?」
 黒焦げになった羽に触れつつ、手ごろな倒木の上にリュックサックを置いた。地面に直接置くと汚れてしまうからである。母から貰った薬を取り出し、教えられたとおりに散布していく。本当は起きているときにやったほうがいいのだろうが、無理矢理起こすのも忍びない。ついでに、凶暴な個体であれば自分の命に係わる為、逃亡の準備はしっかりできている。
「プテ、おとさないでね」
 巨大な鳥を起こさないようにか、父がどこからか入手したポケモン。  プテラはいつもより小さな声で返事をする。自分の両肩を掴み、気分はハンググライダーの搭乗者とうじょうしゃ
「あ、おくすり なくなった」
 持ってきた薬を振っても音は出ず、ついでに子供でも押せるスイッチを押しても何も出てこない。母が想定したのは森の中にいる小さなポケモン。身の丈以上もある鳥への使用など想像すらしていなかったのだ。
「むむむ……」
 無くなったものは仕方がないと、空っぽになった薬をリュックサックの中に戻す。他に何かいいものはあるかな? と、リュックサックの中身をひっくり返すが特に何もない。一度家に帰って足りなかったと言うべきか。一回ならまだしも二回や三回となると鈍い人でも察することはできるだろう。
「プテ……?」
 さっきまで静かだったプテラが途端に騒ぎ出す。どうしたのだろう? 倒木の上に立ったから、ささくれでも刺さったのだろうか?
「プテ、あしが いたいの?」
 ぎゃんぎゃんと、プテラが暴れる。今日の所は帰るとしよう。
『誰だ=x
「!」
 声がした。きょろきょろと辺りを見渡すが、上の空。今日もお空はキレイ。
『オマエがワタシを癒したのか?=x
「しゃ、しゃ、しゃべったー!!?」
 起き上がった大きな鳥。
 しゃべった、しゃべったよね! と、傍にいるプテラに詰め寄った。プテラは困惑した様子で、仕方がないものを見るように小さく鳴いた。

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