狼狽え、何とか止めてほしいと訴えかけるヤツに、バカ弟子は静かに問うた。
「
逃げ道はちゃんとあった。目先の欲に釣られ、選んだのはコイツ。
だが、まあ、少し同情するな。こんな風に変わるとは思わなかったからだ。
病室のベッドの上で目が覚めると、ディランさんが一枚の紙を渡す。開くとそれは最後のジムの場所。
「……」
信じられないものを見る感じでディランさんを見た。正直な話、ただお祭りに参加しただけだ。沙月の進化も、何も教えていないし、伝えていないのに、何故……? 困惑していると、すぐに答えが返ってくる。
「お前なら行けるだろ」
「信頼ですか」
信頼されるには、まだ、時間が足りないと思っていたけれど。
ディランさんは目を少し泳がせた後、「あー、願望だ」と、適当そうに言葉を返した。
「願望って……」
なんというか、くすぐったい言葉だ。僕の感情に気づいてか、誤魔化すように話題を逸らし始めた。
「手持ちが少なかったが、何かあったか」
「沙月が進化して倒れました」
「は? 暴れた、とかではなく?」
「戻れるような状態じゃ無かったので、オーキド博士に転送したんです」
確かあの時は、色々あって未来の自分に丸投げしていたけれど、今思い返すとあまりいい対応とは言えなかったかもしれない。
「僕を認められなかったっていうより、進化したことを受け入れられなかったように見えました」
「(可能性としては一番だろうな)」
「目を回したので、最悪のことを考えてオーキド博士の元に転送しました」
「保留という手を使えば良かった、と?」
少し言葉に詰まる。なんというか、あの時の自分は普通じゃなかったし、状況も決して普通とは呼べなかった。
「責めたいわけじゃない。……悪い」
「いえ、すみません」
謝罪の言葉を口にして、互いに重たくなる。
それではいけないと、顔をあげて口を開いた。
「博士と話してきます」
「そうだな、報告は必要だ」
そういって立ち上がったディランさんは、容赦なく風音の首根っこを掴んだ。少しだけ油断していたであろう風音は聞いたことのないような低い声を出し、暴れ始める。
「お前は一旦こっち。借りるぞ」
「えっと……」
何とかディランさんの手から逃れようと風音が暴れている。どうしたものかと言葉を詰まらせていると、やれやれと言わんばかりの声でディランさんが背中を押した。
「ちゃんと話してこい」
バタバタと暴れている風音はそろそろディランさんを噛む形相で動きを派手にし始めた。沙月が話し辛いだろうという気遣いのつもりか。そうだろうな。ディランさんは、沙月に厳しかったけれども同時に心配もしていたから。
「風音」
ディランさんに噛みつこうとしていた風音の体がぴたりと止まる。良かった、僕の声はまだ聞こえているみたいだ。風音の動きを止め、ディランさんの方を見た。
「すみません、ディランさん。でも、僕らは一緒に行きます」
「分かって言ってんだな」
「はい」
溜息一つ零して、ディランさんは風音を返してくれる。ぴょんと僕のもとへ帰ってきた風音は余程持ち上げられたのがストレスだったのかディランさんに見せつけるように甘えてくる。そんな風にアピールしなくてもいいと思うけど……。
「ならいい。行ってこい」
「はい」
短く返事をして、病室から出る。まずは博士に連絡をして、沙月を転送してもらうよう伝えなければ。
テレビ電話をつなぎ、オーキド博士と連絡を取る。画面の向こうの博士は穏やかな表情で出迎え、要件を伝えるとその表情が少し曇る。
「何かあったんですか?」
「あるにはあるんじゃが……ワシもどうすればいいのか少し悩ましい所でな」
「?」
問題が起きたのだろうか? いいや、沙月が表に出てくるようになってからは博士にも紹介はした。お世話になっている人だと、画面越しで教えたしもしもの時は其方に転送する可能性も伝えた。初めはパニックになる可能性はあれど、頭が冷えれば落ち着くように手は打っていたつもりだけど……。
「どうも、進化した姿が気に入らんらしいんじゃ」
「姿が……」
ポケモンは進化をすると何もかもが変わる。
それは時にタイプであり、体格であり、体重であり、性格であり、世界の見え方であったり、色々だ。僕らトレーナーはその変化を見抜き、力に変える必要がある。本能で理解している部分があるのか、進化してすぐに動ける子もいる。反対に加減がよくわからず、自滅するように倒れる子もいるのだ。
「ボールの中ですか?」
「うむ」
「食事は……」
「あまり空いてないとは思うんじゃが……」
体の違和感はあれど、食事をとることができていたということは明確に変わったのは外に出てからか……? 気晴らしにと、オーキド研究所の庭に出すことがある。その時に池にでも行って自分の姿を見て……と、いうのがありえそうな話かな。
「転送してもらってもいいですか?」
博士は少し複雑そうな顔を見せた。
「彼女は君が言えば応えるじゃろう」
独り言のように聞こえるが、これは僕への言葉だ。
「君が望めば応える。素晴らしい関係じゃ。
責められているような感覚になった。どう、言葉を返すべきなのか。言葉を詰まらせていると、風音が僕の代わりに答えた。
『いいじゃないですか。それで』
「!」
画面の向こうの博士が驚いたように目を開く。
『どんな結果であれ、あの人が決めたんです。自分で決めた事を後悔する訳ないでしょう』
「風音……」
何を言っているのかはわからないけれど、これは僕を守るための言葉だ。
「博士、送ってください」
覚悟は決めた。何を言うかも決めた。
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