そんな尊い人になれないし、なろうとすら思わない。
これは私のエゴだ。私は私の利益の為に、私が最も良いと思った未来を描く為に。
私は私の為に、彼女に問うのだ。
やけに長い時間、外に出て行ったバカ弟子が帰ってきた。肩には相棒を乗せ、腕の中には少し大きくなった沙月を抱えて。沙月は相変わらず自信が無いようで全てに怯えるような反応を示した。変わった点といえば、バカ弟子は昔のように気に掛けることはなく、それを日常として流したことぐらいだろうか。長居する必要はないと、早速最後のサザンクロスがいるリュウチン島のリュウチンジム。
「(出すポケモンはすでに決めているんだろうが……)」
あの相性の悪さで、どう攻略する気なのか。手が早いようで、海路はすでに定まったらしい。後は、いくつかの島を経由して向かうだけ。一晩くらいアーシア島で過ごせばいいと言ったのに、人嫌いなのはトレーナーも、か。遠回しに嫌がられた。
「くしゅん。うー……おかしい、寒い訳じゃないのに……」
『ますたぁ、風邪引いたの? 引くの?』
『風邪を引いたときは暖かくすると良いと聞いた』
『じゃあ、ぼくの出番! 氷河! 頼んだ!』
『指図すんな』
外に出ているバカ弟子のポケモンは相変わらず仲が良いようで。輪から外れているようなラプラスでさえ、ぶっきらぼうに言葉を返している。何かを頼んでいるようにも見えたが、嫌がった感じだろう。
『では、拙者が失礼して……。御館様!』
「ん? んん? 何々? どうしたの鋭侍」
攫われていくバカ弟子を尻目に、自分の寝床を整える。どうしてこう、オマエは固い地べたの上がいいと言うのか……。絶対、ポケモンセンターの安い量産型マットレスのほうがマシだと思うのだが。
疾風の腹の上へと押しこまれ、疑問符を浮かべながらも動こうとしない。それなりに暑いと思うのだが、やや肌寒い今の気温と疾風自身の体温調整の上手さだろう。そもそも、二か月弱で野生個体だったウインディが懐くのも信じられん。仲間がいるとは言え、腹を出して寝るなど警戒をどこかへ置いていったような行為だ。
寝静まり、焚火が割れる音がする。その中で揺れる影が二つ。
一方は寝ようとしていたのを叩き起こしたのかその声は控えめながらも不機嫌だった。二匹が何処かへ行き、音が遠ざかっていくのを確かめてからバカ弟子が静かに起き上がった。
「行くなよ」
少し間を置いて、やや困り声の声が降ってきた。
「わかってます」
わかってるのなら、それでいい。目を閉じ、明日に備えて寝た。
眠い。怠い。明日に備えて楽になろう。
『ダメですよ、寝たら』
『……?』
だぁれ? 眠い、怠いと重たい瞼を持ち上げる。ぼやける視界の先。何度か瞬いてちゃんと見る。
『……。なんですか』
とても嫌そうな顔。隠そうともしない不機嫌顔の風音ちゃんが居た。
『……? えっと、その、あの、』
どう切り出すのが正解だろう。でも、わたしもわたし成りに風音ちゃんのことは見てきた。知っているはずだ。
『わたしのこと、嫌いじゃないの?』
下手に誤魔化すよりも、心が痛いけれどちゃんと言ったほうがいい。
『なんだ、知ってるんじゃないですか』
ハッと、鼻先で笑って彼女は少し遠くへ歩いた。津波さんがいる場所から離れていく。ある程度歩いた先で、ぴたりと止まってわたしを見た。
『早くしてください。私も眠たいんです』
『意外と素直についてきましたね』
『(ついてこないと何をされるのか……。遠回しに脅しておいて、何を今さら)』
『私が止めたので責任を持って、やらなきゃいけないと思ったのでやりました』
光る。欠けた月が艶やかに光り、彼女を照らした。
光り、その四肢が逞しく伸びる。体形が大きくなり、特徴的な耳や尻尾も呼応するように太くなる。姿形はほとんど変わらず、ただ色は明確に変わった。オレンジと黄色の体毛が特徴的な姿。目の前で起こった不思議な光景は紛れもない進化の光。彼女は今、わたしの前で進化をして見せた。
わたしが、こんなにも嫌で嫌で仕方がなかった変化を、彼女はあっけらかんと受け入れて堂々とわたしの前に立つ。見定めるような視線を向けてわたしに問うた。
『
ぞっとするような冷たい声。
『なにを……!!?』
火が走る。わたしの周りを取り囲むように、草が燃えた。
『ひっ! やめ、やめて、ください……』
ガタガタと、四肢が震える。身の丈を超えるような火柱なんて物は無い。ただ、私の傍で燃えて、燃え尽きた跡が残っただけだ。
動けない。指一本動かすことができず、わたしは震えて、ただただ、火を吐き出した彼女に謝った。意味なんてなく、謝った。謝罪した、譫言のように言葉を走らせ心にもない謝罪の言葉を口にするわたしは、どう映っただろう。
火は既に消えていた。わたしの周りを取り囲むのは草が消えて、燃えて炭に成りえなかった黒い残骸だけ。
『はっはっはっ、はぁ、はあ、』
落ち着こうとしても、呼吸音は更に酷さを増す。
震えて、震えて、震えて、ガチガチと歯を震わせて、口から零れる言葉は許しを乞うもの。
ゆるして、ゆるして、ドウシテ、ゆるして、なんでもするから、ナンデモ、ゆるして、ゆるして、ドウシテ?
『謝る理由も分からず、謝るなんて愚かな人がすることでしょう。現実を見なさい』
『う、あ、ゆるして……ゆるして、ください。ごめんな、ごめんなさい……ゆるして』
こわい、こわい、こわい。影分身≠ネんて使われていないのに沢山居る気がする。
ぐるぐる、ぐるぐる、まわる、まワる、まわっテ、それで、それで? モえるノ。
『あ、あああああああああああああ!』
『気が狂いましたか? 全く……』
痛い、痛い、熱い、熱いの!
全身が痛くて、ヒリヒリして、でも、わたしにはどうすることもできなくて。
痛い、痛いの、たすけ、タすけて、助けて、津波さ……。
『変われないのなら、変われないと言いなさい』
イタイ。頬っぺた、イタイ。打たれた? 叩かれた? 体が滑って、頭から地面に突っ込んだの。
イタイ、仲間なのに。ドウシテ。どうして、イタイの。こんなにイタイのって、酷い。ヒドイ、わたし、仲間なのに。ナンにもしてないのニ……!
『
『!?』
チガウ、ちがう、チガウ! そんなことナイ!
わたしが、わたしは、わタしはしないコトがダいジなの!
『あの人がなんで戦っているのかを知らない人が、自分の欲で戦うなんて意気込むな! できもしないことを、できると見え張って、あの人を苦しめるのが気に入らない!』
痛い、痛い、言葉が、イタイの。
『墜ちるなら、
『だれを見てるの?』
『!』
『わたし……じゃ、ない、よね。
よく見たら、苦しそうな顔。わたしの顔を、わたしは知らないけど、きっと、わたしと同じかそれ以上に苦しそうな顔をしている。どうして? わたしに意地悪したくてこんな場所に呼んだんじゃないの?
『何に怒ってるの? 八つ当たり……? あは、あはははは! まさか、そんな、あなたが! あなたみたいな人が……!』
その顔を見れるのはわたしだけかもしれない。そんな顔、あの人には見せたくないよね。わかる。わかるよ、風音ちゃん。
ナイショ、内緒にしてあげる。だから、ダカラ、わたしの話も全部内緒ね。あの人には言わないでね。伝えようとしないでね。あの人は聡いから、鋭いからきっと見抜いてしまう。見透かしてしまう。
『口が過ぎるんじゃないですか?』
『口下手だね、風音ちゃん。いいよ、そういうことにしよう』
あなたはわたしに怒ってるの。わたしが急に舐めた口を利くようになったから怒っているの。
合図なんてものは無い。彼女は赤く、熱い炎を容赦なくわたしに向かって吐き出すの。わたしはそれを何でもないように躱して、少し不思議に思うの。
わからないの。本当に、わからないの。恐ろしく思ったのは本当だし、今怖くないのも本当。
跳ぶ、弾き返す、飛んでくる多種多様な技を、わたしはそんなもんかと受け入れて捌いた。
余程集中していたのか、もしかして、あれは私が見た夢想だったのか。
だって、あの夜は、あの時、あなたは、進化をしていたはずで……? つまり、夢?
きょとりと、目を丸くする私を尻目に彼女はいつもみたいにあの人とお喋りをした。
『風音ちゃん』
わたしと話す時ぐらい、少しくらい声を和らげてくれてもいいと思うのに、彼女はちっとも変わらない。
『わたしね、不思議な夢を見たの』
言葉が返ってこなかったから、どうでもいいのだろう。でも、仲間だからか耳を傾けてくれる。
『風音ちゃんが進化して、わたしと一晩手合わせするっていう夢なんだけど……』
恐る恐る言うと、彼女は氷河くんみたいに鼻で笑って馬鹿馬鹿しいと一瞥するの。
わたしはそれを、そんなものかと受け入れてみんなのいる場所へ戻った。
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