087
 新米トレーナーに突如として襲い掛かった不名誉な噂。
 何処からか独り歩きしたその噂はまるで真実のように人々に浸透した。
 それは共通の話題として、それは悪意無き善意によって。
 不名誉な噂が流れて、二カ月弱。噂は消える所か正確さを増している。
 唯一安心できることは、彼女のそばに頼りになる大人がいることだろうか。
 背びれ、尾びれのついた噂は原型を見失いつつある。
 これ以上の旅は危険だと言った所で引かないだろう。
「厄介な喧嘩を買ったものだ」
 買わずに逃げてしまえば良かったのに。  嫌、そうしたらきっと……。


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 厄介なお客人が来たなと、心の中で息をつく。
 自慢げに金と権力を見せびらかしつつも、部屋で寛ぐ客人をそろそろ客人として見れなくなって来ていた。ただ、部屋に止め続けているのはお互いのやりたいことの為。そろそろ来るであろう同僚の為。
「(厄介なことを引き受けた)」
「あのガキはまだ潰れんのか」
「(アタシの前でも余裕ぶってるな。……指摘した所で、噂を聞いただけと言うのがオチだ)」
   どうせはぐらかされる。なのにどうして、アイツはアタシにコイツの足止めを頼んだんだ? いいや、足止めしなくともこの男は居ただろう。人の苦しむさまを娯楽としか考えていないようなこの男は。
「無敗のまま進めるとは、サザンクロスは鑑識眼かんしきがんをなくしたか」
「噂は所詮、噂でしょう。ワタシはまだ出会ったことが無いですが、認められたのならそれ相応の努力をしたということです」
「擬態を見抜けんとは、落ちたな」
 あー、さっさと部屋から出たい。なんでアタシがこんなそんな役割をしなきゃいけないんだろ。最悪。そりゃあ、長いことサザンクロスやってるけどさ、ストレス耐性があると思ったら大間違いだぞ、ディラン。
「確信があるんですか」
「この首の傷跡を見ろ。あの小僧のラプラスにやられたんだ」
   言ったな。自白した。
 この男は、提出された動画を知らない。ヤジとして見ていた一般人が記録した一部始終を知らずに被害者面をしている。後はこの発言を、何かしらの手法で手に入れられればいい。気付かれるな、やるならトコトン、逃がすなよ。
 古傷にも満たない傷を見せつけ、男は「イタイイタイ」とワザとらしく言葉を紡ぐ。ジムの運営があるからと部屋を後にすると、余裕に満ちた男はペラペラと自分の都合のいい未来を語った。

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 アーシア島を出発してから、二週間。情報収集、癖がつかない程度に鍛錬と、道行くトレーナーとのバトルを続けた。敵意のない人を見抜くのも大変だったし、そこら辺はかなり気を使ってバトル相手を探した。
「(噂が酷くなってるんだろうな……)」
 ディランさんと一緒に居て、絡まれることは目に見えて減った。暴力的な行為も無くなり、初期の頃と比べれば比較的町の中も息がしやすくなってはいる。ただ、それを許さないというように噂に歯止めが利かない。人の噂も七十五日と言うらしいが、噂が広まって凡そ三ヶ月。静まりつつある時期かと思うが常に燃料投下されて燃え続けている。
 リュウチン島はリゾートビーチらしく、ポケモントレーナーもそうだが観光客も多いらしい。何が言いたいのか。そう、島で絡まれたら絶対に面倒なことになるということだ。調べれば調べるほど行く気の無くなるリュウチン島。しかし、それでも行かねばならぬと腹をくくる。
「シケた面してんな、バカ弟子。安心しろ、オマエの為にオレが事前に宿をとっておいた」
「嫌な予感がするので別にしましょう」
 絶対に碌なことをしていない。ニヤケ面が隠しきれておらず、サプライズの一つや二つ用意していておかしく無い。ヤダヤダと駄々をこねるが、旅をし始めて一か月弱。この人の性格も段々わかりつつあった。
「あ? 観光地だぞ、飛び入りで宿なんてある訳ねーだろ」
「最悪野宿します」
「腰が痛くなるから却下」
 若作りな顔をして、年齢を聞いてみたら母さんよりも年上だった。……嫌、僕の家が特殊なだけか。ウチの両親、結構早くに結婚したらしいし。
「見えたな、観念しろー。バカ弟子」
 晴天のとても暑い中、プクリンに樽のように抱えられ、腰回りがとても暑い。何なら湿っている気がする。逃げる気がないので放してほしいと交渉するが、本気で逃げられたらマズいらしい。交渉の余地はなく、こうして連行されている。
「ルリコー。予定時間より早いが来たぞ〜。ルリコを出せー」
 なんという棒読み。ホテルのロビーに我が物顔で入ってこれは中々に恥ずかしいのでは? ディランさん、心が強いなー。すっごーい。なんて心の中で若干馬鹿にしていれば、ディランさんのお目当ての人物が奥からやってきたらしい。
「ディラーン! ようやく来たのね。大変だったんだから後でいいお酒、おごりなさいよ」
 なるほど裏取引というやつか。
「バカ弟子、今、本気で馬鹿な事考えただろ」
「なんのことやら」
「プクリン、思いっきり抱きしめとけ」
「ま、」
 プクリンは勿論ディランさんの言うことを聞く。待ったの一言すら聞かず、問答無用で抱きしめ始めるプクリン。とても暑い。暑いのにすごく極め細やかな体毛。なんというか、とても柔らかくていい寝心地の何かになりそうだとか思ってしまった。
「あはは! 仲がいいのね、あの子が例の……」
「ソレはいいだろ。で、部屋に案内しろよ」
「ん? あの子はいいの?」
 すごい、あったかい、やわらかい……。なんかいい匂いもする。
「オマエが何する気か知らねーが、大丈夫だろ。プクリン、帰ってくるときはバカ弟子も一緒にな」
「(ディランが弟子……? あのディランが? 頼み込まれても一つも首を縦に振らなかったアイツが……?)」
「鍵」
 ディランさんがルリコ……さん? から鍵を渡されそのままズカズカと歩いていく。僕を置いていくだなんて酷い人だ。ただ、ここまで強引な手法を使って居残らせているということは意味がある。
 じっとルリコさんを見た。印象は、陽気な方。物怖じせず、自分の意見を言い、軽い口調で対価を要求して相手も自分もいい塩梅でことを収める。なんというか、いい大人だ。ディランさんは大人の人というよりかは、チンピラに片足突っ込んでいる感じがする為除外。
「初めまして、ディランから話は聞いているわ。アタシはサザンクロスのルリコ。アナタが挑む最後の関門となる者よ」
 手を差し出されたので、不格好な体制ながらも手を伸ばす。プクリンが放してくれないのだ。これ以上は武力行使でしか放してくれなさそうなので、仕方ない。ルリコさんはからりと笑って、プクリンを宥める。
「久しぶりね、プクリン。アイツは相変わらずああなの?」
 プクリンは僕を抱きしめたまま、親しみを込めた声で返事をした。ちゃんと顔を覚えているようだ。そのまま軽く話をするうちにプクリンの拘束が緩んだ。思わず見上げれば、プクリンは僕の頭を帽子越しに撫でた。まるで、もう逃げないよねと言うように。多分、次は無い。
 ルリコさんに案内された先にあったのは地下のバトルフィールド。挑むにあたっての概要を軽く教えられた。
「アタシが試すは信頼と自己の判断力。試す手法の名前は、タッグバトル」
「タッグ、バトル……」
 聞いたことのないバトル名だ。いいや、そもそも公式戦は一対一が基本で多対多なんて、ルール上撤廃された古いやり方でしかない。そもそも、あれは様々な原因から危険視されて廃止された要素だ。ポケモンリーグの元祖とはいえ、危険だからと廃止された要素を持ち出すのは考えにくい。
「随分と古いことを知っているのね」
「!」
「アナタの頭に過った、〈野良戦〉とは違うわ」
 多少緩和されているのか。まぁ、あれは本当にルール無用の代物だからそれもそうか。
「お互いにポケモンを二匹出して戦わせるの。基本的には、一対一と変わらないわ。何方か一匹が戦闘不能になった時点で勝敗が決まる。シンプルでしょう?」
「……。はい」
 シンプルではあるが、面倒な気配がする。ディランさんのジムもタイプ指定でかつ、勝ち抜き続けろという厄介なものだったが、此方も別のベクトルで厄介だ。並行処理は苦手ではないが、一対一と違って情報量は倍以上に増える。考えなければならないこと、対応しなければならないこと、全てがトレーナーにのしかかると考えれば相当な負荷だ。
「(ディランが目をかけるだけはある。この年でここまで考えられる子はそう、居ないでしょう。深読みしている節はあるけど、それ以上に警戒することは武器になる)」
 信頼と自己の判断。なるほど、文字通り。何処までポケモンに託すか。ポケモンは何処まで自己判断で動くか。ポケモン任せではいけないけれど、マルチタスクが苦手であれば託すのも手だ。何分、やったことのない分野だ。手探りで勝ち筋を探すしかない。
「挑戦したければ受付に話をつけて頂戴。アタシの予定次第だけれど、チャレンジャーが少ないから基本的にはその日のうちにバトルできると思うわ」
「少ない……?」
「ディランがサザンクロスに就任してから、アタシの所に来る子が少ないのよね〜。アナタはディランが見込んだ子ってことでアタシも期待しているわ」
 ニヒルな笑みを浮かべたルリコさんは、仕事があるからと戻っていった。
 ……そういえば、僕の部屋って何処なんだろう。プクリンはちょこんと僕の後ろに待機している。なんかちょっと圧力があるから隣に来てくれないかな。頼んだけれど、言うことは聞いてくれなかった。

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