089
 長いようで短い調整期間が終わった。
 一般的に見れば長いし、バカ弟子からすれば短い。
 そもそも、勇猛果敢な未来ある若者はたかがジム戦一つにこうも時間をかけない。
 挑戦と失敗トライ・アンド・エラーを繰り返すものだ。そういう意味では、コイツは異端な存在ともいえる。
 失敗することは成功のためのしるべと知りながら、敗北は自身の汚点とする。
 恐怖すら感じるこの気迫はどこから来たのか。失敗を許しながら、アイツは妥協を許さない。
 何度も転んで躓けばいいと言っているのに、あれはジム戦を神聖視しすぎている。


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 タッグバトルという特殊な戦いへの準備は思ったよりも難航した。ルリコさんの使用するポケモン、過去の対戦データからの傾向の分析等。タッグバトルという特殊な環境への適応。やれることは幾多も存在する。臆病なまでの過敏さを以て、バトルへ挑む。
 勝てないと思うバトルをしてはいけない。勝つ為に戦うのであって、負けるために戦うなど愚者のすることだ。挑戦者は勝機を以て挑まなければ。戦いの最中に進化キセキでも起こって、圧巻の大逆転など毎回起こるはずがない。そんな奇跡願うぐらいならば、自分たちの活路を見出したほうが有意義だ。
「ただいまより、サザンクロス・ルリコ対チャレンジャー・津波のタッグバトルを行います。使用ポケモンは二対! 二対のうち、何方かが先に戦闘不能になった時点で勝敗が決します」
 地下のバトルフィールドで、それなりに観客席があるから一般人が入るのかと思ったがそうではないらしい。入れるか入れないかはルリコさんの気まぐれで、最近だと入れずにちゃちゃっと終わらせているのだとディランさんは言っていた。
 観客がいないのはありがたい話だ。音も視界の情報も集中すれば消えていくものだが、それでも見える時は見えるのだ。余計なものは見えないほうがいいに決まっている。
「サザンクロス・ルリコ。使用するポケモンを出してください」
「準備はいいかい? 津波ちゃん!」
「はい、だから挑みました」
「いいね。アタシは好きだよ、その意気込み。それじゃあ、バトルを始めよう! アタシが問うのは信頼と、自己の判断力。相手をするのはこの子たち! パルシェン、カイリキー!」
 不思議な組み合わせのポケモンたちだ。たが、タイプ相性だけ見れば何とかなりそうな相手ではある。パルシェンをいかに攻略するかが、鍵な気がしてきた。
「さ、作戦通りに行くよ。鋭侍、沙月!」
 二つのボールが開き、バトルフィールドに二人が降り立つ。何とも言えない感覚。イメージトレーニングは何度も行った。鋭侍と沙月の動きも悪くない。急場凌ぎではあるが、お互いがお互いの意を察する所までは行けたと踏んでここに立った。
「先行はチャレンジャー。では、始め!」
 公式戦において、先手というのはあまりにも大きなアドバンテージである。どんな技を指示した所で、邪魔される確率が限りなく低いからだ。相手に命中させなければならない攻撃技ならば回避や相殺という手を使う可能性があるだろうが、そうでなければ技を中断させることは難しい。
 つまり、先手を得たのであれば、自分に有利な場所を整えることが一番良いと考えた。
「沙月、毒菱どくびし! 鋭侍は高速移動」
「パルシェン、氷柱針つららばり! カイリキーはビルドアップ」
 やはり、牽制しつつ場を整える。しかし、技の発動自体は此方が先。いかにパルシェンが早かろうが、沙月の技を妨害することはできない。
 毒菱が地面に撒かれ、相手側のルートを制限する。下手に動けば、毒に侵される。何方か一方が倒れたら負け。状態異常による負荷は、相手の戦い方を狭める。

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 空へと打ちあがる毒の塊。着弾すればバトルフィールドは汚染され、これ以降、場に出たポケモン全てを毒状態にする。いい手だ。並の相手であればこの時点で勝利条件が一つしかないと決めつけ、焦りが生まれる。ただ、相手はサザンクロスのルリコだ。こういう搦手は少なからず経験している。
「(地面に触れたら問答無用で毒になる。ニドリーナには技の効力が及ばず、飛んでいるストライクは踏むことがない。アタシの出すポケモン次第で手は変えてきたでしょう)」
 毒菱≠フ弱点は、一度空へと打ち上げバトルフィールドへばらまかなければならないということ。つまり、防ぐ手は存在するということだ。パルシェンが氷柱針≠使用し、妨害を試みる。カイリキーはビルドアップ=Bパルシェンの妨害が失敗した時に備え、即座にパルシェンを抱えた。これにより、毒に侵されるのはカイリキーのみということ。
 記憶通りであれば、ルリコが使用したこのポケモンは元よりこの形での運用が想定された。カイリキーがパルシェンを抱え、回避を一手に引き受ける。回避を仲間に託したパルシェンは、カイリキーに抱かれたまま攻撃をする。さながら、移動砲台。
 氷柱針≠ノよって毒菱≠フ着弾位置がズレた。通常よりも効力は下がるだろうが、それでも回避を続ければいつか踏む。初手の時点で流れはバカ弟子が掴んだ。
もう一度
「(まだ場を整える気? それは、欲張りってものでしょ!)パルシェン!」
 ルリコの指示でパルシェンが再度氷柱針=B狙いをつけて再度攻撃しようとしたが、足場がぶれる。
「はっ。性格悪ィな、バカ弟子」
「(なんでブレた?)」
 もう一度なんて言葉を言いつつ、同じ行動をとったのは沙月だけ。言葉にすら嘘が紛れている。嫌だろうな、そんな相手は。相手の指示を信用できず、何をしたのか、するのかは目で見て判断する必要がある。音による情報が信用できないと分かった時点で、ルリコへの負担はより一層大きくなる。
 高速移動≠ノよって移動速度がアップしている鋭侍がカイリキーに高速接近し、切りかかった。あくまで相手の体制を崩すことを重視しており、誰に攻撃するのか、どこまで攻撃するのかは鋭侍に任せている。
 氷柱針≠ヘずれ、二度目の毒菱≠ヘ従来通り着弾した。一部は毒々菱どくどくびし≠ノなっているだろう。毒に侵されたカイリキーの表情は険しい。体力と気力が徐々に奪われていくはずだ。
「パルシェン、氷柱針!」
「(鋭侍狙い。まあ、相性的にはそうか)躱して」
 狙われた鋭侍が攻撃を躱し、次は沙月が畳みかける。毒菱≠敷いた時点で、アイツ等の中での勝ち方に時間勝負が出てきた。一番勝てる見込みがあると踏んで、必要以上に踏み込んでいかない。沙月の場合はそれが顕著に出ている。鋭侍ならば攻めるだろうが、沙月ならば守りに転じる。
 ルリコが狙うべきなのは、タイプ相性的に有利な鋭侍ではなく、必要以上に近づいてくれない沙月だ。近寄ってきた鋭侍から崩すしかない。
「変更、ニドリーナを狙って」
 虚言ブラフの可能性も考慮し、攻撃が来るまで決して油断しない二匹。攻撃が沙月に向いた時点で、鋭侍が攻めに転じた。
 氷柱針≠ェ沙月の回避ルートを狭めつつある。そんな沙月を助けようと鋭侍がカイリキーに近寄る。しかし、カイリキーは見切り≠ノよって紙一重で攻撃を回避し続ける。連続使用すると制度が落ちる技だが使用の有無の塩梅が上手い。
「(鋭侍がのめりこんでる。誘われてるな)鋭侍、一旦引いて!」
 相手のやりたいことに気付くのは流石だ。しかし、釣られたな。
 紙一重で避けつつ、あと一回、あと一回で中てられる。元々攻め気の強い鋭侍だ。一対一ならば聞こえていたであろうトレーナーの声も、ある程度自己判断が与えられた今は聞こえていない!
「爆裂パンチ」
 カイリキーの爆裂パンチ≠ェ鋭侍にヒットする。とても中てにくい技だが、命中した場合の効果は破格だ。凄まじい威力の拳が鋭侍に襲い掛かり、フィールド中央から観客席の壁まで吹っ飛ばす。壁に叩きつけられた鋭侍は背中を打ち付けたまま、ピヨピヨと頭を鳴らす。  混乱だ。
 爆裂パンチ≠ヘその当てづらさから採用率こそ低いものの、命中させれば確定で相手を混乱状態にする。トレーナーの指示が聞こえるかの判断もつきづらく、通常よりも攻撃・回避の制度がぐんと落ちる。
「沙月、冷凍ビーム!」
 悪くない手だ。混乱した鋭侍を庇う様に、沙月が地面を凍らせる。カイリキーの足を奪い、鋭侍に近づけさせまいとする。パルシェンによる遠距離攻撃は沙月がかばえばいい。しかし、守りに転じるのならばルリコ側にもやりようはある。
「眠れ」
 カイリキーがパルシェンを下ろし、自主的に眠りにつく。これにより、毒等によって削られた体力が回復する。相手に眠らされた時と違い、自主的に眠った場合、起きる時間に個体差はない。
「ロックブラスト」
「躱して」
 パルシェンのロックブラスト≠ェ沙月に向かって襲い掛かる。左程負傷も、攻め疲れなども無く難なく躱していく沙月だが本命は別にいる。
『っ! いたい……う、う。敵は……?』
 混乱している鋭侍にいくつかの岩石がぶつけられる。技を一体に集中させれば守られると踏んで、沙月を退かしつつ本命の鋭侍を攻撃した。虫・飛行複合の鋭侍に岩タイプの攻撃。効果は抜群。
 混乱している中で、痛みを感じた鋭侍の行動。誰もいない場所へと鎌を振り下ろし、時に転び自傷ダメージを増やしていく。一つの技で盤面がひっくり返ったな。これを捌き切らなければ勝機はない。
『(大変! 鋭侍さんが……。でも、攻めたほうがいいかな? でも、毒になってるから時間をかければわたし達が勝てるし……)』
 まだまだ自己判断が甘い沙月は、トレーナーの指示を待った。予定にない行動がとれない。典型的な指示待ちのポケモンだ。上手く扱わなければここから総崩れが起こる。
「パルシェンに、二度蹴り」
「殻にこもって」
 左右に躱すようなことはしない。殻にこもりさえすれば、致命傷は避けられる。硬い殻に阻まれ、沙月の二度蹴り≠ヘ期待値通りのダメージは与えられていない。元々、防御力の高いパルシェンだ。その外殻(がいかく)を突破することは並大抵のことではない。
「(いい音。予想よりもダメージ入ってない? 相手を守りに転じさせなきゃ!)ロックブラスト!」
無視して二度蹴り」
 混乱して無防備な鋭侍に向かってロックブラストが命中する。
 何方か一方が戦闘不能になれば負け。相方の効果抜群の技は守るだろうと踏んだルリコだったが、無視しろとまで言って攻撃指示を出す。血も涙もないのか、観客がいればブーイングが起きたに違いない。しかし、この判断を悪手と断ずることもできなかった。
 ルリコは、守りに転じて欲しかった。沙月に鋭侍を守らせれば、守っている間に沙月の体力は消耗し、鋭侍も混乱による自傷によってダメージレースは一方的に不利になる展開を作れた。ついでに、カイリキーは眠る≠ノよって体力を回復している最中だ。
 沙月の攻め疲れが出たとしても、鋭侍の体力が削れたとしても、今後のことを考えてパルシェンに攻撃させたくなかった。パルシェンの高い防御はその分厚い外殻によるものだ。中は脆く、攻撃するためには弱点を曝さなければならない。
「(守りなさいよ、ストライクが倒れるわよ) ロックブラスト」
「パルシェンを攻撃。鋭侍、真っ直ぐ進んで」
 それは信頼か、奇跡による回避を狙っているのか。
 混乱している鋭侍はふらふらになりながら前へと進む。何とか回避しているが、地面に足がつけば今度は鋭侍が毒に侵される。毒菱≠ェ中々使われない理由の一つ。設置した毒菱≠ヘ敵も味方も選べない。前に自傷した場所が、バトルフィールドの外だったのは幸運だった。汚染されているのは、バトルフィールド内だけだからだ。
「(声に反応はしている。最低限、やってほしいことは守っている)」
 毒菱≠使用するに当たって、バカ弟子が鋭侍に教え込んだのは飛んで移動すること。対象を選べない毒菱≠ナ不利にならないよう、戦いにくかったとしても飛んで戦い続けるよう仕込んだ。混乱していたとしても、その教えは守っている。混乱による自傷も鎌で自分を叩くようなものだけである為、まだマシだ。
「二度蹴り!」
「殻に籠って」
 殻に籠るのであれば、対象を変えればいい。無防備に寝ているカイリキーに二度蹴り≠ェヒットした。カイリキーの呻き声でパルシェンが察知し、氷柱針≠使用して沙月を退かせる。
「(殻に籠れば見えなくなる。殻に籠らなければ脆いパルシェンがやられる……!)」
「(鋭侍の混乱が解けたら守りに転じてもいい。ただ、今のうちにパルシェンに負荷をかけておきたい)」
 パルシェンを今の場所から退かせさえすれば、時間の制限がかけられる。しかし、ルリコもそれを分かっていて回避の場合は徹底して殻に籠らせていた。沙月の張り切り≠ナ吹っ飛ばせるかとも一瞬考えたが、想像以上にパルシェンが重たかったか。まあ、100kg以上あるポケモンだ。容易に持ち上げていたカイリキーがおかしいのだ。
「二度蹴り!」
 攻撃する側に選択権がある。パルシェンは攻撃される側をギリギリまで見分けるだろう。
「鋭侍、閉じさせないで」
「! パルシェン、殻を閉じて!」
 指示通りに鋭侍はパルシェンの殻の間に鎌を差し込む。しかしまだ混乱していたのか、パルシェンの反射、力の差か。鋭侍の鎌ごと殻を閉じたパルシェン。挟まれた鋭侍はその痛みによって悲鳴のような甲高い声をあげる。トレーナーはその声を聞いて無慈悲に次の行動を告げた。
「カウンター」
 勢いよく閉じた殻。その威力を逆手に取るような指示。
 パルシェンが閉ざした殻を、カウンターによって底上げされた力で無理やり開く。柔い体が無防備に開かれた所に、沙月が渾身の二度蹴り≠叩き込む!
 鈍い音が二激。二度、蹴りを入れた沙月が離れると鋭侍もそれに習って離れた。耐久力がない鋭侍が、もう一度パルシェンの殻を無理やり開くことはできないだろう。衝撃の音を聞いて、カイリキーが目を覚ました。
「パルシェン、戦闘不能。勝者、チャレンジャー・津波!」
 しかし、既に勝敗は決した。パルシェンは目を回し、何方か一方が戦闘不能になれば負けるというルールが味方をした。ここでパルシェンが堪えていれば、また未来は変わっただろう。
 肩で息をする鋭侍。両手はすでに使い物にならなくなっていた。パルシェンが倒れていなければ、攻められるのは沙月だけ。まぁ、そんな可能性を今は考える必要はない。

勝利への導
 悔しそうな顔で、ルリコが笑った。
 一つ、何かが違っていれば勝者は違っていただろう。
 珍しく感情を露わにして笑った。  悔しい! と。

「鋭侍、手……! うわ、想定してたとはいえ酷い色。ボールに戻って、すぐポケモンセンターに行こう」
 勝利の余韻に浸ることなく、ポケモンの元へ向かう。
 喜びの一つでもあれば、素直に称賛できるのにアレにあるのは心配だけだ。
 静かな労い。ただそれ以上に肉体の心配をするアレは競技者としては不釣り合いな姿だ。
 勝利に対しては貪欲になる癖に。
 心と、合理性を重視して動けるヤツが、バトルが終わった途端にコレだ。
   だからお前は、バカ弟子なんだ。
 苦虫を潰したような顔を見られたのか、目が合ったバカ弟子は困り顔を浮かべていた。


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