期待

090
 勝った、勝った、勝てた。  何もしていない。
 拙者はただ、御館様の声に従っただけ。それでいいハズだ。……ほんとうに?
 勝ったのはいいことなのに、失敗したことで頭がいっぱいになる。
 もっと楽に勝てていたはずだ。自覚がある。故に、手などちっとも痛くなかった。
 手なんかより、心が痛いのだ。役目を全うした沙月殿が大きく見える。
  すぐにポケモンセンターに……」
 御館様の声。出来損ないの拙者を心配する声。
 前を見ろというように風音殿が背を叩いた。同時に、痛みが薄れる。
 遅れて理解した。ボールの中に戻されたのだ、と。


▼ △ ▼ △ ▼

 ボールの中に戻っていった鋭侍が、とても小さく見えた。
「(終盤は混乱していたから……?)」
 一対一ならば避けられたであろう爆裂パンチ≠避けられなかったことを悔いているのだ。あれは、自信の喪失。鋭侍はよくやっていると思うのだが、そのやる気は彼の気持ちと相反して空回りしている。
 出されたポケモン、与えられる先手。確実に与えられるものを使って自分たちに都合がいいものを作り上げた。軸になっている沙月の動きを良くしたくて、行動をパターン化したのは僕の判断だ。鋭侍の性格を理解した上で、僕は彼に託したのだ。
「(  嫌、責任感が強いのは同じか)」
 彼の場合は特にそれが顕著だ。
 鋭侍は、鋭侍がどうしてココにいるのかを理解している。僕らの関係は利害が一致しているからこそ成り立っている。薄氷を履むような、期待を裏切った時点で潰れるような関係だ。
 現状として、僕は鋭侍の活躍に満足している。勝利に貪欲で、勝つために僕の言葉を疑いながらちゃんと聞く。僕の言葉を妄信せず、自分で考え、納得できなければ承諾しない。できないことを求めていないと思うが、低く見積もりすぎている場合もあるので、鋭侍の『やりたくな』は僕の拙い戦術の幅を大きく広げることに繋がる。
「スゴイ! 津波ちゃん、アナタ、本当にタッグバトルは初めてなのよね?」
「え、あ……。はい」
 キラキラとした目で、詰め寄ってくるルリコさん。両手を捕まれ、ぶんぶんと上下に振らされる。
「アタシが出すポケモンは予想してたの? 搦め手はいくつも経験してたけど、ここまで綺麗に決まるなんて思わなかった!」
「ルリコさんの使うポケモンは調べました。先手は確実に貰えるとわかっていたので、出した指示によってある程度のパターンを決めました」
「(公式戦なら先手と後手はランダム! けれど、ジム戦においては常にチャレンジャー側が先手。自分たちに与えられた有利な点を、無駄なく使っている。ディランが目をかけるのもわかるわ、この子は強くなる……!)」
 今回は、パルシェンとカイリキーだったが、フーディンにガラガラ。後は、ニドキングにワタッコ等。使い方によっては毒菱≠ェ悪手になる場合もあった。カイリキーなんかもいい例だ。技構成がパルシェンのサポートというコンセプトがあったから何とかなったが、彼の特性は根性。状態異常の時に技の威力が上がる。
 根性が発動している状態で爆裂パンチ≠ェ当たる。混乱した鋭侍が訳も分からず自傷。パルシェンのロックブラスト≠ノよる追い打ちで負傷。改めて考えると、鋭侍はよく倒れなかったな。あれだけの負傷、倒れてもおかしくないというのに彼は立ち続けた。……うん、褒めるならここか。
「ルリコ、一旦退け」
「あら、失礼」
 ディランさんの指摘を素直に受け入れ、ルリコさんは手を放す。「おほほほほ」と、誤魔化すように笑った後、僕の手を取る。
「まだまだアナタに聞きたいことがあるわ。けど、まずはアタシの役目を果たさなきゃ」
 そういって、手の平の中に落とされたのは小さな貝殻。
「アタシに認められた証。リュウチンジムのルリバッジよ」
 薄紫色の瑠璃貝を加工したルリバッジを入手し、晴れて僕はオレンジリーグのヘッドリーダーに挑戦する資格を得たと、いうわけだ。「ありがとうごさいます」と、例を言って鞄の中にいれる。
 自分の役目は果たしたと、ルリコさんはわざとらしく「さて」と、場を区切る。そして、自分が気になっていたことをスラスラと並べ始めた。ディランさんに助けを求めてみたが、意地悪そうな笑顔が返ってきた。つまり、自分で何とかしろということだ。見捨てられた。

▼ △ ▼ △ ▼

 拙者が御館様の前に出されたのは、夜のことだった。
 痛かった両手は癒え、傷跡すら残らぬ完璧な治療。拙者を気遣いつつ、伸びる御館様の手の方が小さな傷が多々あった。
「今日はお疲れ様。もう、痛くない?」
『……。はい』
 もっといい言葉を返せるはずなのに、不甲斐ない拙者は御館様の善意を受け取れずにいた。
「よく持ちこたえてくれた。鋭侍が立ってくれてたから勝てたよ」
  っ』
 違う、浮かれるな。拙者のせいで勝ち筋が狭まった。
 御館様が当初、想定された幅広い勝ち方を拙者の気持ちで狭めた。結果的に拙者は倒れず、相手が倒れた。だから勝った。それで丸く収まる? 否、勝ったからマシに見えるだけだ。あそこに立っていたのが拙者以外であれば、あんな失態は犯さなかった……!
「鋭侍、自分を責めるな」
『しかし……!』
「君を信頼した僕の判断が間違っていたと言うの?」
 否、否! 御館様は間違ってなどいない! 間違っていたのは、悪いのは、全部拙者で……。
「君が沙月と一緒に戦ってくれるから、あの手を使った。他の子ならまず取らなかった選択だ」
『空なら炎李殿が飛べる……! 拙者の代替は、おります……!』
「(多分、炎李と比べたな。鋭侍と似た動きができる唯一の子で、炎李なら鋭侍のような失敗はしなかっただろう)」
 拙者の叫びを、御館様はじっと見た。拙者の心を見透かすような、静かな視線に耐え切れず顔を背ける。それはダメだというように、御館様は拙者の顔を強制的に動かす。  拒絶は、できなかった。
「炎李ならば僕の期待に応えたと言ったね? ……嗚呼、その通りだと思うよ」
 顔を固定され、逸らすことを許さない。耐えられず、両目を瞑った。
「君は炎李じゃない。君は鋭侍だ。僕の元へ期間限定で来た、遠くない未来、野生へと帰る子」
 淡々と聞こえる事実が、太い針のように襲い掛かる。
 知っている。拙者は、拙者は期待されてここにいるのだ。強くなりたいから、強いから、ここにいる。この中で誰よりも強くなければ、いる必要がないのだ。
「自分を変えるのは難しいことだ。君の戦い方は、本来ならば歪むことのなかったあるべき姿だ」
 違う。拙者は望んでここに来た。だから、歪むのではなく適応するべきなのだ。御館様の善意に甘え、妥協を許されるような立場に居たくない……!
「鋭侍、許されることが痛いんだね」
『……!』
 御館様は、拙者に期待しない。風音殿なら、炎李殿なら、抱く期待を、拙者には抱かない。それは御館様の海のような優しさであり、拒絶だ。
 御館様は拙者を許す。なぜなら、御館様の中でそれは「できないこと」であり「できなくても良いこと」だから。初めから期待せず、勘定に入れず、そういうものだと受け入れる。図々しく、それを許容すればこんなにも痛くなることはなかった。でも、できなかった。
『(  拙者も、群れの中に入れて……)』
 彼らは良い方ばかりだ。皆、御館様に似て寛大な心で拙者と接する。それは御館様が決めたから。御館様の決定を受け入れ、従うと決めたから。  その覚悟を持たない拙者は、見せかけの輪にしか入れない。
 拙者はそういうものだ。でも、でも、それは悲しいのだ。寂しい。
「そっか、痛いか。痛いかぁ……」
 御館様の視線が反れたような気がして、少しだけ目を開ける。
 拙者の顔に手を添えたまま、御館様も困り顔を浮かべていた。
「期待していいの?」
   期待してくれるの?
「きっと、もっと辛くて、これは不要になるものだ」
『不必要は拙者の決めることです』
 この痛みから解放されたくて、拙者は手を伸ばす。
 拙者の愚かで、厚かましい願いを御館様は穏やかな微笑を浮かべ、受け入れて下さる。穏やかな顔を見て、拙者は思うのだ。この選択を、間違いだったとは言わぬと。
「お疲れ様、鋭侍。君に余計な怪我をさせた。僕の采配ミスだ」
『(違う。拙者が欲しかったのは、これじゃなくて……)』
次はできるね
 手の平がクルクルと回る。拙者の情緒、こんなにも不安定だっただろうか。

期待
 4つのバッジを手に入れ、オレンジリーグの頂点に立つヘッドリーダーへの挑戦権を得た私たち。
 最後のバッジを手に入れる際、沈んでいた鋭侍さんの顔も随分と変わった。

『御館様、見ておられた? 今の拙者の動き、見ておられました!?』
 疾風さん並みに馴れ馴れしく見える鋭侍さんの動き。
 マスターは困り顔を浮かべて、今までなら決して言わなかった一言を添えた。

「うーん。動きが悪い」
 その言葉を聞いて、驚いていたのは私だけではなかった。
 皆、マスターと鋭侍さんとの在り方が変わったことを驚いている。

「僕の声を聞こうと集中しすぎて、全体が疎かになってる」
 マスターの辛口な評価を鋭侍さんは素直に受け入れ、気合を入れなおす。
 そしてもう一度、今回の対戦相手である氷河さんに襲い掛かるのだ。


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