必然

009
 夢を見た。ありもしないものを見た。
 故にこれは夢なのだ。私が恋しいと思ったもの。
 ずっと欲しいと願い続けたものがそこにある。
「■■■■」
 あったかくて、やさしい。
 優しい声で眠ってしまいたくなる。
 きっと目覚めたら思うのだ。  嗚呼、都合のいい夢だったと。






 地面が小刻みに揺れ、木々が倒れる音が聞こえた。音のする方へ警戒しながら歩けば、目の前にはこの地方では見ないだろうポケモンがいた。
  リングマか」
倒れている男のポケモンだろう。此方に気が付いたリングマは自分の姿を見ると敵意を露わにし、襲い掛かる。かなり体力を消耗しているのか、大振りで避けやすい。一発でも当たれば致命傷だが、どうとでもなる。かわせど、かわせど、リングマの攻撃は止まない。これ以上は時間の無駄だなと、拳銃に手をかけるがその前にリングマの動きが止まった。
「ズバット……」
 擦られたはずのズバットがいた。やはりこの男に使われていたのか。一度戦闘不能になったのか、かなりふらついている。すぐにボールの中に戻して回復装置の元へ連れていきたいが、このリングマが許してくれるかどうか……。
 しかし、ズバットが何かを言ったのか。先程の態度とは打って変わってリングマは大人しくなった。近寄っても攻撃をしてこない。少し遠くへ移動し木を背もたれにして座った。
「(あの距離なら、多少体制を崩してもかわせるか……)」
 リングマが察してくれたのかはわからないが、此方としてはありがたい。ボロボロになって気絶している男を容赦なく縛り上げ、腰のベルトにあるモンスターボールも全て回収した。中を確認するとボロボロのポケモンたちがいる。一つ一つボールから出し、購入した〈元気の欠片〉げんきのかけらを使用して回復させていく。
 回復させると、ポケモンたちは何かにおびえた様子だったがリングマが一声かけるとすぐに距離を取り地面に付す。敵意はないようだ。
  ハロ〜! 黒鉄君》
 応答もしていないのに聞こえる通信。どんな小細工をしたんだ。一応支給品だぞ、この通信機も……。深い溜息を吐き出し、なんだと返事をすれば能天気な声が返ってきた。
《自分のポケモンすら持ってない君にボクからの愛ある情報さ。心して聞け!》
 ペチャクチャと語りだした煉。頼んでもないのに色々教えてくるのは昔からだ。その時に関連する情報なのが、腹が立つ。無関係であれば聞き流すこともできるというのに……。
《まぁ、そういうわけで。君のほうでソイツは処分してもいいよ。だいじょーぶ、クズが自滅したってボクらには関係ない話だろ? むしろ社会貢献してるよね》
 ケタケタと笑って通信を切る。煉の提案。それを決めるのは俺じゃない。

 目を覚ました男は、拘束されているにも関わらず何も恐れるものはないと自身の権力を振りかざしていた。例え警察に捕まったとしても、釈放金さえ払えば解放してくれるザル警察。組織が釈放金を払うだろうという絶対的な自身がこの男をここまで慢心させている要因なのだろうか。
「随分とまぁ、手荒く使ってくれたな」
「誰だ、お前。……嗚呼、代用品を借りたやつか」
 自身の立場を理解しているのだろう、ニタニタと下品な笑みを浮かべていた。
「いいのか? 俺をこんな風に拘束して。とっとと解放しろよ、今なら一発殴って許してやる。嗚呼それとも、支給品を傷物にされた腹いせか? ははは、やめとけよ。あいつらは大量発生時に捕獲された有象無象だ。本当に強くなりたいなら、手駒は厳選するべきだ」
 幹部としての地位を持つ男からのアドバイスなのだろうか。実に癪に障る言い方だ。
「本部から何か言われたのか? ふざけんなよ。大体、イクスに勝てるわけがないだろ。捕縛する気なら、もっとまともな手駒か手持ち制限解除が無きゃ不可能だっての」
 煉から聞いた。組織の機密実験に関わる最高傑作。その称号は作り手の研究者が最高傑作であると認めた唯一の物のみにつけられる至高の名前。誉れ高きその名。
「型落ちでも取ってくるべきだったな。保管し続けるなんて宝の持ち腐れだろ」
 目の前の男は自分のことしか考えていない。自分の利になること、自分が一番楽しいことしか考えていないのだろう。哀れな奴だ。俺に拘束される前に、何があったのか覚えてすらいない。
「他人のことに口を出せるほど、俺はできる人間やつじゃない」
 見下ろした男は正真正銘のクズだろう。そして、自分はこの男と同じ穴のむじなだ。善性など語れるはずのない人間になってでも欲しいものがあり、そしてそれを手に入れる為にこの男がどうしようもなく邪魔になりそうだっただけ。……だから排除する。
「酷いな、お前のものは」
 とても綺麗に壊れたポケモンたち。とてもよく鍛えられているはずなのに、皆牙が抜かれている。どう見ても、あれがイクスに勝てるものか。何匹用意した所できっと変わらない。見たことはないが、断言できる。この男のポケモンは強いが、脆い。
「もういいぞ、お前らの好きにしろ」
 モンスターボールを踏みつぶし、ずっと成り行きを見ていたポケモンたちに声をかける。枷から解き放たれた彼らが男に何をするのかはある程度予想がつく。すでに根回しは済んでいる。自分の物だと思っていた者たちに傷つけられていく様は滑稽だった。
「馬鹿なやつ」
 何処までも阿呆で、同情できるぐらい無頓着。暴力で全てを解決し、生きてきただけに自分が弱者になった途端に目が回る。
「お前、本当に俺でいいのか」
 何を今更と言わんばかりに飛ぶ第二の相棒。光り輝き、姿が変わる。そういえば、この光景を見るのは二度目だなぁと、何とも言えないものがこみ上げてきた。





 ポケモントレーナー志望の子たちを見送り、一息ついた。舌がじんわり痛くなるような熱いコーヒー.
もう少し待つべきなのだろうが、これ以上待つと冷めきってしまいそうでゆっくりと飲み干した。がらんどうな部屋に、なだれ込むように入る青色。色褪せることのない美しい色彩に目が奪われる。
「なんじゃね、津波君。君らしくもない慌てようじゃな」
 もう少し静かに入ってきてくれんかと、続けると待ち人はズカズカと部屋の中に入っていく。見知った仲とはいえ、少しくらい説明があってもいいだろうに。彼女らしくない。いいや、きっとこんなこと初めてで余裕がないのだ。余裕を持てる程、今の彼女の容量は広くない。
「使いたいのは、治療室でいいかね」
「はい」
 本来なら説明は欲しいが、見て察することが出来ないわけじゃない。頭の中で何度も想定した後継が、心の中で何度も思い描いた台詞を口にすることが、こんなにも憂鬱で胸が苦しくなるとは思わなかった。
 研究所には必要なスペースしかない。元より、人の最低限の暮らしを維持するので精一杯だ。全てはポケモンの為に。この世で最も不思議で、我らが隣人。彼らの謎を解き明かせば、自分たちはより一層彼らに近づけると信じ、今日も歩む。
「酷いものじゃな」
「……はい」
 彼女らが歩くのは地獄路。その道を幸せだろうと後押ししたのは自分。暗い顔。自分を責めているときの表情だ。そう、願わくは彼女らの道の先に、至福の時がありますよう。

必然
 未来を視た老人と、運命を視た獣。
 もしこれらが本当ならば、この世界の異物は彼らなのだろう。
「執念深いなぁ、許してあげなよそれぐらい」
 世界の異物は殺さなければならない。
 フェイリヤたるあの子は、どうあがいても死なねばならないのだ。世界の秩序の為だけに。
「もう十分頑張ったよ、ねえ」
 同情している訳じゃない。事実を述べているつもりだ。
 自分の中の好奇心はあれど、二回も殺されるのは御免だった。
「……もういいよ、ボクが勝手にする」
 聞く耳を持たない傲慢な神。
 いいさ、いいさ、ソッチがその気ならばこっちも神様にだってなってやろう。
 何者にも成れなかったハズなのに、何者にも成れるおかげで個を得た。
 役割を以て産まれた彼らとはどうしても差が生じる。
「ボーナスタイムは用意するべきだろ? 努力は報われるべきものさ」
 自分とあの子、■■■同士なのに何が違うのか。
 同じ■■■同士、ちょっとぐらい贔屓ひいきしたって問題はないだろう。


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