幼少の頃の才能は大人になっても続くのだ、と信じていた。
あの日、まるで魔法が解けたかのように世界は途端に冷たくなった。
「ピカチュウ」
その山は常に悪天候に見舞われ、その厳しい環境に適応するように野生のポケモンも強い。
一般のトレーナーの入山を禁じる程、過酷な山。名を、シロガネ山。
彼はその険しい雪山を我が物顔で歩き、一度バトルを始めれば敵を蹂躙する圧倒的な強者。
敗北を知り、理解した。あれが本物の天才。凡人など足元に及ばない怪物なのだと。
ユウジがヘッドリーダーに就任したのは何時だったか。就任した直後は攻略されていたメタモンも、時が経つにつれて誰も突破することのできない関門と成った。
そのメタモンが突破された。観客は沸き、ユウジの顔つきも変化する。驚きと好奇心、闘争心が混ざり合った何とも言えない表情。理性で必死に押さえつけているだろうが、その顔は、感情は、オレもよく知るものだ。
「(
勝つことが日常に成ったお前は、敗北を忘れた怪物だった。その怪物の日常を崩す人間が現れる。自分の地位を揺るがす脅威。その脅威を下す。それはとても楽シイことだ。
発破をかけて正解だった。あの顔なら、ちゃんと戦うだろう。さ、次はどうなる?
戦闘不能になったメタモンをボールに戻し、バカ弟子も風音を一旦手元に呼び寄せた。回復らしい回復はないが、戦った所で体力の限界は近い。最後っ屁やらないのはそれが無駄だと思っているからか、倒れる姿を見たくないからか。
「ハッサム!」
「疾風、行こう」
ストライクの進化形、ハッサム。コッチではあまり見ることのないポケモンだ。一方の疾風も、その凛々しく走る姿から人気のあるポケモンだ。見慣れてしまったが疾風の場合は色違いという希少性もあった。会場からは悲鳴に近い感性が飛び交い、何方に視線が集まっているのかは言わずもがな。
ボールから出てきた疾風は力強く一度吼える。その声を聞き、ストライクは一歩引いてしまう。特性の威嚇が発動したのだろう。相性的にも、ストライクの攻撃手段的にも疾風が有利な盤面だ。ただ、それをひっくり返すだけのものは用意していることだろう。
「バレットパンチ」
目にも止まらぬ速さで、距離を詰めるハッサム。疾風の死角に入るように身を縮め、顎に狙いを定める。
「大文字」
「!」
溜めは一瞬。ユウジの想定よりも早く、ハッサムは業火に包まれる。ゴロゴロと地面を滑り、必死に火を消そうとするハッサムを、疾風は油断なく見た。
「とんぼ返り」
「神速」
立ち上がり、果敢に攻撃する様は流石だ。しかし、疾風の動きはさらに上を行く。とんぼ返り£であるストライクの背後に回り込み、その勢いのまま体をぶつける。
無防備な背中を押されたハッサムは地面に激突し、使用した技の効力によってユウジの元へと帰っていく。
「ふふっ、尻尾を巻いて逃げたみたい」
そう笑う観客の心がない言葉が聞こえた。
そう見える光景だ。圧倒的なまでに疾風が有利。あのまま戦っていればハッサムはあっけなく倒れただろう。唯一惜しむ点は、バレットパンチ≠ナ欲張ったことぐらいか。
素早い動きで相手を翻弄し、一撃を入れてから安全にとんぼ返り≠使用したかったのだろうが、手痛い反撃を食らった。初めからとんぼ返り≠セけを使用していれば、神速≠ノよる追撃はなかった。あの時のハッサムに大文字≠避ける術は無いだろう。確実に当てるために、疾風はあえて止まり続けていたのだから。
「イワーク!」
すぐさま相性が有利なポケモンを出す。それに引いて、バカ弟子が引くのもアリだ。交代先に確実に一撃を入れられる。
疾風の技構成も知られているだろう。イワークに対して有効的な技を覚えていない。イワークからすれば、疾風は格好のカモだ。
「砂嵐」
バトルフィールドにあった僅かな砂を巻き上げるイワーク。天候は変わり、視界が一気に悪くなる。
目を開けて戦い続けることは困難。砂嵐が止むのを待つか、技による天候の変更。もしくは、強制的な終了。
「(酷いな、中にいる疾風はもっと酷いだろうけど……。砂嵐の中の音、後はイワークの臭いか。疾風ならそれで避けきることはできる。必要なのは、その後どうするか、だ)」
『どーする? ますたぁ』
「穴を掘れ、イワーク!」
視界が悪くなり、イワークも地面の中へと消えた。流石の疾風も、この状況でイワークの行動を把握しきるのは不可能だ。イワークの攻撃はどんな形であれ、中るだろう。
「跳んで」
隙を見せるように疾風が高く飛んだ。招かれていることは100も承知で、ユウジはイワークに指示を飛ばす。
「行け!」
地面から出てきたイワークが疾風の柔い腹めがけて突っ込む。効果は抜群だ!
ギリギリでイワークの顔を蹴ったのだろう。砂嵐によって見にくくなっているが、攻撃が当たったにしては動きが変だった。
「吼える」
疾風の覚えている技の中で最も為が必要な技がすぐに飛んでくる。
通常ならばイワークは再度、攻撃することができたはずだった。できないのは、初めから準備していたからだろう。不利な体面を無理やりひっくり返す術だ。ウインディが吼え、イワークが強制的にボールの中に戻される。
トレーナーに選択権など無い。急に出されたポケモンは、自己の判断で対応しなくてはならない。
「大文字」
吼えるによって引きずり出されたポケモンは、フシギバナ。とんぼ返り≠ノより、リセットされたかと思われた相性は一気に好転した。
突如として現れた大文字に対応しきれなかったフシギバナは声をあげる。火はよく燃え、その隙を逃さない手は無い。
「神速」
「蔓の鞭!」
これ以上近づかれると危ないと判断したユウジだが、あまりいい手のようには見えなかった。急に悪化した戦況に対応しきれなかったのだろう。
オレなら追撃を食らおうが、イワークに戻す。疾風側からの有効打がないことを知っており、かつ、再度吼える≠使われたとしても、攻撃を一度中てることぐらいはできると思っているからだ。
フシギバナが放つ無数の蔓を交わしながら、接近し勢いを殺さないまま突進する。大したダメージにはならないだろうが、うっとおしいことに変わりはない。
「大文字」
再度接近した所で、もう一発。鈍足なフシギバナに避ける術はない。大文字をもう一度浴びたフシギバナは地面に伏し、ぐるぐると目を回す。
戦闘不能。疾風も少なくないダメージを追ったが、風音程戦えない訳ではない。やろうと思えばまだ戦えるだろうが、多分交換するな。一人一殺とはまた違うかもしれないが、多分そんな感じだ。
ユウジがフシギバナをボールの中に戻すのと同時にバカ弟子も律儀にまだまだ戦えるウインディを戻した。……まあ、戻さなければ多分出てきたのはイワークだろう。フォローするわけではないが、戻すという手は何も知らない観客からは不評だろうが、悪くない手ではあるのだ。
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