運がいい相手だなと、人気のない喫煙室の中で出る。
「要件は」
「出た瞬間それ? ……まあいいわ。例の件。あの子の噂の話なんだけど、ケリがついたわ」
思ったよりも早かったな。まあ、証拠は出そろっていたし、アイツの後ろ盾の影響もデカイか。
「不満?」
「……まァ、社会の闇って感じか」
電話越しでも微かにルリコの苦笑が聞こえた。互いに思ってることは同じか。
噂は噂でしかない。メディアが面白おかしく騒ぎ立てなかったことでどうにか首の皮一枚つながったような感じだろうか。相手は金さえ握らせれば潰せると考えていたようだが、喧嘩を売った相手の背後に立ってる奴がやばかった。それだけ。それだけの話。
控室に戻り、息を吐きだす。30分間の休憩を得た。一先ず、休もう。
行儀が悪いと分かりつつも椅子をベッドにして横になる。一気に楽になったような不思議な感覚。事前に控室に持ち込んだペットボトルの水を一口飲む。……疲れのせいか、不味く感じた。
「(後、三人。そのうち一人はハッサム。疾風がかなりのダメージを負わせてくれた。炎李、氷河に任せれば問題なく勝てるはず)」
ただ、ユウジさんが素直に相性上有利な二人と戦ってくれるとは思わない。どうにかして温存するか、引くに引けないタイミングを狙って温存するか、だ。
「(ハッサムに関しては使ってくると思わなかった。他にも似たような子がいたから、不意を衝くって意味で来る可能性はある)」
使用頻度がかなり低い為、精々昔使っていた、持っていたという情報だけだ。
ここまで追い込めたということは、嵌めるような技はなく正々堂々一本勝負……と、考えたい所だが違う可能性もある。
「(後、三人。こっちは大小傷のあれど、全員動ける)」
優位性を保っているのは此方。後は、僕がちゃんとすればいいだけ。期待通り、期待以上に彼らは僕が求めた
「チャレンジャー、そろそろ準備してください」
扉が叩かれ、立ち上がる。風音の方へ手を伸ばせば怪我をしているとは思えない程、軽やかな足取りで定位置に乗る。挑発するように鳴いた風音。僕は、ゆるく笑って返した。
30分のインターバルを挟み、フィールドの交換が行われた。
「(随分と、大掛かりなものが出てきたな……)」
交換が行われたバトルフィールドは一面が水。バカ弟子に馴染みがありそうなものでいえば、カントーのハナダジムか。確か、あそこのバトルフィールドは水辺のポケモンが戦いやすいようプールを改造したものになっていたはずだ。
よくもまぁ、この短期間で魔改造を……。資金はどこから……。あ、あのクズ共か。無害であればいいスポンサーだもんな。煽てれば煽てるだけ金を振りまく。
「(水辺なぁ、良くも悪くも動き辛いな)」
まあ、このフィールド交換に関してはユウジも関与していない完全ランダムだ。主催側の意図が多少入っていたとしても、運も実力のうちと言われればそれまでだ。
「鋭侍」
「ブースター」
出し負けたのはバカ弟子。しかし、フィールドは水。プールの中にブースターを落とせれば一気に形成は逆転する。
相性不利だと判断したバカ弟子はすぐさまモンスターボールを構える。だが、一歩遅い。
「炎の渦」
「躱して!」
跳んで躱そうとしたが足が捕まった。捕まった足から炎の渦≠ェまるで生き物のように伸び、鋭侍を拘束する。
「(水の中に突っ込ませる……? いいや、浮上しようとした所を叩かれる。無駄に削られるだけだ)」
「消火しないのか?」
「鋭侍、耐えられるね」
『お任せください』
炎の渦≠ヘ拘束系の技だ。相手の逃亡の邪魔をする技で、バトルにおける場合は一定時間モンスターボールへ戻ることを許さない。バカ弟子のストライクにとんぼ返り≠フ技があれば話は変わったが、無い物ねだりをする暇はない。
「水を巻き上げながら飛んで、高速移動」
「炎の渦。逃げ道を塞げ」
退路は断たれた。鋭侍も引く気は無いと、更に加速する。
「切り裂く」
「踏ん張れ」
下手な回避はプールに落とされると判断したユウジ。痛みに耐え、鋭侍の鎌を受け止めたブースターは炎袋を膨らませる。
『あっつ!』
勢いよく鎌を放し、逃げる鋭侍。その明確な隙をユウジは逃さない。
「電光石火」
「水に落ちないで」
回避は不可能と判断し、状況の悪化を最小限にしようと踏ん張る。水切り石のように滑る鋭侍。
「(……打開策が見当たらないな。いっそのこと、潜るか)」
距離を取り、相手の様子を伺う鋭侍だが、炎の渦≠ノよるスリップダメージは蓄積している。先程はユウジが毒菱≠ノ苦しめられたが、今度はバカ弟子が苦しんでいる番だ。
距離を取らせ回避に専念させているのを見るに、打開策を考えている所か。右手に握りしめているボールは定位置のホルスターに戻そうともしない。
「(隙があれば戻すな。だが、相手も気付いているぞ)」
「(仕切り直したいけど、ユウジさんは絶対に気付いている。ただ、ユウジさんの不意を衝く必要はない。予定にない行動だけど、できるよね。鋭侍)」
「(ボールを持ったままの硬直状態。炎の渦によって交代を防いで入るが、切れれば戻すだろう。技の維持を最終戦にすれば削り切れる……!)ブースター、ストライクを逃さないよう」
念を押したということは、ブースターの自己判断で炎の渦≠ェ飛んでくる可能性ができた。バカ弟子もそれを承知の上で、手を打つ。
「突っ込んで、切り裂く」
「(ヤケを起こしたか!?)火炎放射で迎撃しろ!」
高速移動≠ノよって速度が増している鋭侍は紙一重でブースターの攻撃を躱す。
「急上昇」
「!」
攻撃をせず、土壇場での急上昇。ストライクがあそこまで高く飛べるとは思わなかった。皆が皆、釣られたようで首が上を向く。太陽光をバックにストライクが再度構えた。
「火炎放射!」
「切り裂く」
目が眩んだブースターの攻撃は雑だ。しっかりと回避し、切り裂く≠叩き込み、ブースターを吹っ飛ばす。プールに落ちると不味いブースターは足場を探す。その明確な隙を、バカ弟子は見逃さない。
「戻れ、鋭侍」
選手交代。選ばれたのは勿論、水辺で最も輝く者。
「氷河」
「(これは……来るな)」
「ハイドロポンプ」
ボールから出た直後。右も左もまだ判断がつかない頃。
「(当たるわけがない!)」
「(当たるか? 嫌、中てるな)」
総合値が高い氷河だ。ブースターもようやく着地して仕切りなおそうとした所だった。つまり、再び回避する余裕が無いのだ。精度を重視したハイドロポンプ≠ヘ真っ直ぐブースターの元へ。本来のものよりも数段威力が下がっているはずだが、効果は抜群。冷たい水の圧力に耐えられなかったブースターの足は浮き、そのままプールの中へと落ちる。
「氷河」
いざとなったら助けろという、トレーナーの指示を一瞬で理解した氷河はとても嫌そうな顔をする。戦闘不能になったという手ごたえはあったのだろう。審判が判定を下すよりも先に、ブースターを咥えた。
「ブースター戦闘不能。ラプラスの勝利!」
「瞬殺。まさかブースターが避けることもできず倒されるとは……!」
「ストライクを捕らえたのは良かったですが、後一歩の所で逃げられてしまいましたね」
「これでヘッドリーダー・ユウジが残すポケモンは二体! しかし、既に手の内は明かしているも同然でしょう。負傷しているハッサム、まだ見ぬ一体。ユウジは何方を先に出すのか……!?」
2対6という圧倒的な数の暴力。かつてないほど追い詰められたユウジだが、それでも勝つところが見たいと、実況が煽る。
「(強いな……)」
挑む側と、挑まれる側が逆転しているような状況。追い詰められたのにも関わらず、ユウジは穏やかに微笑を浮かべた。
「さあ、行くぞ。ハッサム!」
やはり、最後の砦は砦として残すか。疾風の攻撃により負傷しているハッサム。
トレーナーの期待に応えるよう、ボールから出てきたハッサムは力強く鳴いた。
ハッサムに相対する氷河。ただ、氷河は自分の仕事を果たしたことを理解しており、何処か抜けた顔をしている。このまま氷河で行くのも、炎李と交代するも良し。ただ、腰のボールがガタガタと揺れたのかバカ弟子は駄々っ子を見守るような瞳で苦く笑った。
「氷河、一旦交代」
『だろうな』
異論はないと、氷河は素直に戻っていく。
「鋭侍!」
「チャレンジャー・津波。負傷しているストライクを出しました」
「これはポケモンの気持ちを汲みましたね。出てきたストライクのやる気は十二分あります」
……面白い戦いになったな。
「此方では馴染みはあまりありませんが、ハッサムはストライクの進化系なんです」
「進化系ということは、同じような技を覚えるということですか」
「それはこれからわかることです。さあ、始まりますよ」
呼吸を整え、両者が短い翅を震わせる。
「バレットパンチ」
素早いハッサムの攻撃。追いきれなかったか、ストライクはそのまま被弾する。
「(引いていない……!? 捕まった!)」
「よく捕まえた、カウンター」
相手からの攻撃を倍返しにする技、カウンター=B使っていること、持っていることを悟らせると相手の出方が変わる。虫・鋼が複合しているハッサムへ鋭侍が最も効率よくダメージを与えられる技だ。
しかし、不意を突くようなカウンターだから成功したのであって、一度見せた攻撃は対応されるだろう。
「剣の舞」
「連続切り、積ませないで」
次の一撃で沈めるための剣の舞=B警戒すべき技は既に見た!
鋭侍の連続切り≠回避しつつ、徐々に剣の舞≠ヘ成功していく。ハッサムの周囲を囲む無数の剣。それが消えた瞬間、勝負は決した。
「ギガインパクト!」
「躱……!」
間に合わなかった。
一人は持っていくという気迫が勝ったか。ギガインパクト≠ェヒットした。白い光がバトルフィールドを包み込み、余波がプールを揺らす。
「ストライク戦闘不能。ハッサムの勝利!」
「チャレンジャー・津波!
「惜しかったですね。しかし、ピンチなのは以前ヘッドリーダー・ユウジです」
バカ弟子からして、鋭侍の敗北は可能性の一つとして頭によぎっていた。それでも尚、使ったのは全員に勝ち星を渡したいという欲か。それとも、鋭侍が傭兵としてここにいるからこそ、使わなければならないという切迫感か。
「(使い道を誤ったか。……いいや、勝機があったのはハッサムだ。ラストの相手はさせられない)」
「炎李」
「チャレンジャー・津波! 最後のポケモンは、リザードンです!」
「相性有利。しかも、ストライクはギガインパクトの反動でしばらく動けません」
「火炎放射」
動けない相手に一発。火炎放射≠ノ包まれたハッサムはそのまま目を回した。審判のコールが響く。久しくなかった展開。ここまでユウジを圧倒したチャレンジャーも中々いない。
鋭侍が倒れたことが響いているのか、バカ弟子はちっとも嬉しそうな顔をせず、バトルフィールドを見ていた。
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