鼓舞

097
 なんのために、ここにいる。勝つためだ、勝って、自分の価値を示すためだ。
 満身創痍の相手。舐められているとは思わない。
 今の自分でもギリギリ倒せそうな相手。
   なのに、負けた! 負けてはいけなかったというのに……!
 敗北したというのに、誰も、何も、責めることはない。
 勝ったのだから良いと、前を向けと背中を叩かれる。
 立って、前を向いて歩いたのはせめてもの矜持だった。


▼ △ ▼ △ ▼

オレンジリーグ・ウィナーズカップにて殿堂入りを果たし、目標は達成した。
 カンキツ島のポケモンセンターで一晩を明かしたが、ロビーに行くとちらほらと声がかけられた。気が早い子もいるようで、握手やサインを求められた。サインに関しては昔、サトシやシゲルと一緒に作ったものが役に立った。あれが無ければ断るか、普通に名前を書くかの二択になっていたはずだ。
 求められるがままに応じ続けると日が暮れそうだと判断し、ある程度の所で切り上げる。正直、半年も満たない新米トレーナーにこの対応はよろしくないと思う。天狗になったら目も当てられない黒歴史になるだろう。……サインは、時がたてば要らないと廃棄されるだろうから目を瞑ろう。僕は何も見ていない。
「囲まれてんなァ、津波」
「遠くから見てないで助けてください」
「今のうち、チヤホヤされ慣れておけ。お前の場合はソッチのほうがいい」
「黒歴史になったらどう責任、とってくれるんですか」
「ならねーよ。お前は絶対に」
 どこからそんな自信が湧いてくるのか。深く息を吐きつつ、ディランさんの後に続く。ディランさんが向かったのは僕らが泊まった部屋。すぐにでも話さなければならないようなことができたのだろうか?
 持っていた黒いカバンの中からノートパソコンを取り出し、手際よく電源をつける。付属のカードリーダーを取り付け、その中に〈身分証明書〉を指すよう指示された。本当は嫌なのだが、まあディランさんの指示だからと、仕方なく差し込むと、中々目にすることのない僕の個人データが表示された。
「これは……」
「オレンジリーグの運営から、お前宛の慰謝料みたいなモン。お前みたいな優秀なトレーナーに不名誉な噂が流れたこと、その噂によって少なからず移動の制限がかかったことに対する詫びと、ワイロ」
「これ、受け取ったら未来の負債になりますか」
「お前が受け取れば、メディアにバレても丸く収めやすくなる。オレが保証してやる。素直に受け取れ」
 ディランさんがそこまで言うのならば一旦、受け取ろう。……後でオーキド博士には確認を取らなきゃ。ディランさんが信用できないのではなく、僕がこの手の話に関しては無知なので事実確認をしたい。信頼できる人、二人の話が食い違わなければ安心してお金を使える。
「ゼロが、えっと……」
 何個だろうか。殿堂入りした時の大会賞金よりも左の数字が大きい気がする。金額を確認し、不安になった僕は再度ディランさんを見たが知らぬ存じぬの顔。これは、答えは変わらないなと一息つく。
「ウチのトップと面会するか? 今なら面白いモンが見れるだろ」
 絶対に謝罪の件の話をしている。
「いらないです。そもそも、僕がオーキド博士に求めた結果とズレるので」
「結果ねぇ……」
「お金って大事ですよ?」
 茶化すようにクスリと笑って、話を切り上げる。
「津波」
 改めてどうしたと、顔を見た。真剣そうな顔付きで、ディランさんは僕に何かを差し出す。
「オレの連絡先。お前のも寄越せ」
「えー」
「しばいてやろうかバカ弟子」
 暴力は反対。渡された紙を素直に受け取り、渋々見つめる。
「オレがお前と一緒に居られるのはココまでだ。一ヵ月半しか休んでねぇのになー」
 ヤダヤダと少し駄々をこねるディランさんを見、苦く笑う。替えが聞かないサザンクロスを切り上げて二か月も休んだというのは、挑むチャレンジャーからすれば迷惑なことこの上ないと思うのだが……。
「十分休んだと思いますけど」
「弟子の門出に最後まで付き合いたいモンだろ」
「そういうものですか?」
「冷たいなァ」
 カラカラと笑って、諦めたように手を振る。もう少し強請ってくるかと思ったが、強制する気はないらしい。まあ、この人の権限だったら僕の連絡先ぐらいすぐに特定できる気もするのだが……。
「あんまり連絡しないと思いますよ、僕」
「頼ってこいって言っただろ。ツテは増やしておけ」
 そういうものか。……今回も、オーキド博士という最大の後ろ盾があったからスムーズだっただけで、次はどうなるかわからない。ディランさんなりの気遣いか。なんというか、甘やかされているな……。
 部屋の中にあったメモ帳に、自分の番号を書く。間違いがないか確認をして、ディランさんに渡した。受け取ったディランさんは、無意識なのか鼻歌を歌いながら僕の書いた文字を見る。見ていられなくて、視線を反らした。
「オレは今日のうちに発つが、お前はどうする? 一泊するか?」
「一泊した後ってどうなります?」
「間違いなく絡まれる」
「……。今夜のうちに発ちます」
「ははっ。溺れんなよ、バカ弟子」
 僕の頭を無造作に撫でて行ったディランさん。もう少し会話が続くかもしれないと思ったが、余程急かされていたのか思った以上に速い移動だった。風音たちの回復を待って、ポケモンセンターを出よう。
「(ひねくれてるなぁ、僕)」
 人の賞賛くらい素直に受け入れればいいのに、手のひらを返されたような気がしていた。

▼ △ ▼ △ ▼

 風音たちの回復が終わったと、連絡がきた。荷物を持って迎えに行けば、物珍しさからかまた絡まれた。ポケモンたちを待たせているからと、振り切り、風音たちを迎え入れる。受け取った時、ジョーイさんから一つ通達をうけた。
「殿堂入りおめでとう。マーコット島のストライクなんだけど、転送で返却する? それとも、自分たちの足で行く?」
 手軽なのは転送による返却だろう。しかし、昨日の今日で別れるのは少し寂しい。個人的な感情を優先し、僕は自分の足で鋭侍を故郷へと返しに行くことにした。
 部屋の鍵を返し、足早にポケモンセンターを出る。モンスターボールの中から炎李を出し、人気のない島までお願いした。マーコット島に関してはゆっくり行けばいいのだ。

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