鼓舞

099
 御館様は、どうしてあのようなことを云われたのだろう。
 帰ったところで、何もないというのに。
 自信満々に出て行った拙者。完敗した拙者を群れはきっと受け入れない。
 足取りは重いのに、足を止めようとはしない。
 どうしてこの足は止まらないのだろう。
  帰ってきたか』
 重たい顔を上げると、見覚えのある顔があった。
 拙者が御館様の元へ行く前に、カシラとして群れを導いた人。
 不甲斐ない顔の拙者を見、かの人は鎌を振り上げた。


▼ △ ▼ △ ▼

 ポケモンセンター内の部屋を借り、ベッドの上で印刷をした資料を見る。腹の上で纏めておいたはずの資料を、風音が弄り、ベッドの上に資料が散乱した。一通り見終わった僕を見、風音が声をかける。
『鋭侍さんの資料ですか?』
「気になる?」
『はい』
 淡白な所がある風音が気にしているのは珍しい。僕が気にしているからか、鋭侍の後ろ姿が印象に残ったのか。何方にせよ、嬉しいことに変わりはない。
 起き上がり、見終わった資料を纏めなおしクリップで留める。状況を整理するように、僕はもう一度資料を見た。

 マーコット島のストライクは、群れを作る。ストライクは空を飛べるがその翅で島を超えることはできない。群れは肥大化し、老いた個体は淘汰される。厳しいように見えるが、面積が限られた島の中では仕方のないことだ。
 鋭侍はこの島のストライクの中でも比較的若く、力のある個体だ。傭兵としてここにいるのは一つの選択として閉ざされた島では得られない経験を得るということ。鋭侍はトボトボと歩いて行ったが、群れが彼を受け入れないという選択はしないだろうと思っている。
「(腕試しぐらいはあるかもしれないけど、負けないでしょ)」
 タイプ相性不利な相手ならばともかく、何度も戦ったことのある同族勝負だ。鋭侍が気張れば群れのリーダーにだって勝てる可能性があるとすら思っている。
『鋭侍さんは寂しそうでしたから』
「鋭侍にはね、帰れる場所が二つあるんだ」
『?』
「憔悴しきった鋭侍を口説くのは簡単だけど、それじゃあ対等フェアじゃないでしょ」
 意味が分からないと、風音はまた首を傾げた。
 僕は勢いよくベッドから起き上がり、風音を抱き上げる。いきなりの行動に風音の体は強張った。
「お腹すいた! ご飯食べに行こ」
『……。マスター、考えること放棄してません?』
「食べ終わったら氷河にも聞かなきゃな〜」
 もしかしたら、別れは多くなるかもしれないのだ。僕が寂しいと言っちゃいけないだろう。

▼ △ ▼ △ ▼

 拙者の結果は既に知られているだろう。だというのに、群れは変わらず拙者を受け入れた。  気持ち悪い。昔よりも皆の視線が熱い。敗者に抱く感情ではない。
 何もしていない拙者が、得ていいものではない。これは、これは、彼らにこそ与えられるべきものだ。
『苦しいか』
『、苦しいです』
『素直になったな。昔のお前ならそうは言わなかっただろう』
 良い変化だと褒めるカシラ。けれど、その褒めを拙者は素直に受け入れらない。
『トレーナーはなんと?』
『自分が判断ミスをしたかと問われました』
『お前はなんと答えた』
『間違っているのは拙者だと、答えました』
『はっ。痴れ者が。何方も救いようがない愚者か』
 考えるよりも先に手が出た。拙者たちの様子を見ていた群れの者たちはざわつく。
『手が出るのは相変わらずだな。  嫌、鈍っていないと褒めるべきか』
『…………』
 拙者の攻撃を読んでいたカシラはすんなりと攻撃を受け止める。衝動的に出た手だったが、追撃しようとは思わない。静かに手を離せば、カシラは少し前に出る。
『構えろ、世迷言よまいごとをほざくお前の居場所は群れココにはない』
『……』
 一泊開けてもらえたのは、カシラの慈悲だ。これ以上の愚行は晒すまいと、身構える。
 何の前触れもなく、カシラは視界から消えた。昔ならば焦っていただろうと他人事のように考え、攻撃を受け止める。分かりやすいカウンター≠ヘ決めさせて貰えなかった。

 長く背中を見てきた。長く、見守ってもらえたということもあって何とかその背中についていけている。御館様とのバトルであった休憩と読みあいのための一泊など無く、ずっと森を走り続けた。呼吸が上がり、胸が苦しくなる。思考が鈍るかと思ったが、そんなことはない。
 むしろ、今までの中で一番いい。冴えているとすら思えた。
『(カシラの動きがよく見える。攻撃は中てさせて貰えないが、今までの拙者ならもう沈んでいた)』
 互いに高速移動≠積み、最高速。カシラの技は知らないが、ここまでくれば互いの力量で勝敗が決する。荒い呼吸が、喉を焼く。くらくらしてきた。
『(一発、一発中てろ)』
 どんな方法を使ってもいい。集中しろ。たらりと、珍しく汗が流れた。
 カシラの手がゆっくりと見えた。振り下ろされた手の軌道を反らし反撃の一撃を狙う。しかし、拙者の狙いは読まれ、体を僅かに動かし逸らされる。バランスが崩れ、転ぶように倒れる所に一撃。
『甘い』
 意識を失う最中、聞こえたのはカシラの淡々とした声だった。

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