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 Number.003
 お母さんも、お父さんも、試験の申込書を見せると、とっても驚いていた。「受けないほうがいい?」と、聞くと2人は「受けるべき」と、ボクの背中を押した。話している最中にお母さんの頬っぺたがりんごみたいに赤くなっていた。恥ずかしいことがあったのかもしれない。ボクはお勉強を沢山したからわかる。言っちゃダメなんだ!
 自分の名前を書いて、先生に渡す。「来年渡す予定だったんだが、受けるのならこれを渡そう」と、ボクにホッチキスで留めた紙の束を渡す。
「試験対策の資料だ。試験を受ける子は、皆これを持っている。光葉だけ持っていないのは平等じゃないだろ。  がんばれよ」
 先生がボクの頭を撫でた。「頑張ります」と、返事をして職員室から出る。
 お部屋に帰ったらさっそく見てみよう。わからなかったら先生と、お坊さんに聞きに行くの。● ● ● 合否の有無が書かれた番号が張られていた。ボクの番号はあるかな?   あった! 先生に言わなきゃ。職員室へと走る。廊下をたーっと走るボクを見て、先生が「あるきなさーい」と、注意をした。先生、これは速足です。走ってないです。
「先生、受かった!」
「おめでとう、光葉。親御さんの予定はわかるか? 最悪、テレビ電話でもいいんだが……」
「?」
 お母さんと、お父さんの予定。「覚えていません」と、首を振ると先生は「そうか」とそれ以上は言わない。そして「お友達に自慢しておいで」と、言う。そっか、先生は知っていたけど、ミナトくんやお坊さんは知らないんだ!
 るんるんと、スキップしてお部屋に戻った。

 お母さんと、お父さんがボクの所に来る。テレビ電話でお喋りはしていたけど、会うのは冬休み以来だから、久しぶりだ。ボクも呼ばれて、3人で職員室の隣のお部屋に入る。入ったことのないお部屋だ。中には先生と、女の人がいた。
 先生が「おめでとうございます」と、言う。どうしてそんなことを言うのだろう。お母さんも、お父さんも嬉しそうに咲って「ありがとうございます」と返した。
「久々の飛び級に我々も驚いています。光葉くんは、〈ポケモン取り扱い免許〉の試験に合格されたのでこのトレーナーズスクールは卒業ということになります」
「(卒業……?)」
 どうして卒業するのだろう。卒業したら、ミナトくんにもお坊さんにも会えなくなっちゃう。それは嫌だ。
 お母さんと、お父さんの方を見た。2人は嬉しそうに笑いながら先生の言葉に頷いた。
「卒業ということは、進学もできるんですよね?」
「勿論です。光葉くんには今、2つの選択肢があります。1つ目はポケモントレーナーとして旅立つこと。2つ目は、入門クラスへ進学すること」
 お母さんの感嘆が聞こえた。  ボク、行きたくない。でも、そう言ったらお母さんガッカリするかな。期待は裏切っちゃいけないんだよね。……でも。
「光葉はどうしたい? お母さんはねぇ……」
 聞こえない。聞こえない。聞きたくない。でも、聞かなきゃいけない。
 手汗がにじむ。お腹が痛い。お母さんが何かを聞いているから、ボクは「うん」「うん」と、聞いてもいないのに返事をした。
「みつばくん」
「なに、先生」
 いつもよりもゆっくり、先生がボクの名前を呼んだ。
「ジムチャレンジをしてみないかい」
「先生っ! 光葉はお勉強が好きなんです。沢山学べる、進学のほうが……!」
「わたしは旅でしか得られない経験があると思っています。進学をすると、その稀有な経験をする機会が失われる」
 ジムチャレンジをしたら、もうミナトくんとは会えなくなるよね? だって、ミナトくんは進学をするって。
「お母さん、光葉くんには時間があります。他の子よりも1年早い。1年、旅をしてもう一度選んでみませんか?」
「それは……」
「ある種の実践です。机の上で勉強したことが通用するのか。どうかな? 君が8歳になったときに、もう一度聞きたいと思っているんだけど……」
 ボクが8歳になったとき。その時は、ミナトくんも8歳。皆が〈ポケモン取り扱い免許〉の試験を受け、今のボクみたいに選んでいる日。
「光葉のようにジムチャレンジをした子はいるんですか?」
「この提案は飛び級が前提になっています。基本的には皆さん進学を希望されますが、先程も言いましたがわたしは……」
「やる」
 お母さんに今までなんて返していたのかわからないけれど、ちょっと高くボクの名前を呼んだからびっくりしているんだと思う。ボクは言い間違っていないと、「やってみたい」と、強請る。
「そう、お母さんたちは旅をしたことがないから不安だけど、やってみたいのよね。応援するわ」
 お母さんが進学を進めていたのは、ボクがちっちゃいからかもしれない。消去法で決めたこと。本当は行きたくないの。まだ、皆と一緒に勉強したい。……でも、ルールだから。皆は気づいていて、ボクに「おめでとう」って言ってたのかな。● ● ● お坊さんに会いに行った。とぼとぼと、歩くボクを見て不思議そうな顔をする。目は相変わらず開いていないけれど。
「元気がないですね、どうしました」
「う」
 泣きたくない、泣きたくないのに、出てきちゃう。ヤダヤダ、見ないで、見せたくないと蹲った。
「困りましたね。……失礼、抱っこしますよ」
「ひゃ」
 お坊さんが、歩く振動を感じる。鼻水がでてきた。お洋服、汚したくない。
「何があったかは聞きませんが、きみが泣いていると心配で夜しか眠れなくなってしまいそうです」
「よ゙る、ね゙れ゙たら、いい゙と、おも゙う。ズッ」
 鼻をすすりながら言い返すと、お坊さんは「バレてしまいましたか」と、笑う。
「やさしいきみのことだから、凄く大変なことがあったんでしょう」
 ズルいの間違いだよ。ボクはね、どっちも嫌だったのに何も言えなかったの。楽な方を選んだはずなのに、嫌だって駄々をこねて泣いちゃうようなやつなの。悪い子なの。
「今日のお茶菓子は豪華ですよ。なんと、シンオウ地方から取り寄せた〈森の羊羹〉です」
 そういえば、「美味しい羊羹があるんですよ」と、お坊さんは言っていた。ボクが「そんなに美味しいならいつか食べてみたいな」と、言ったことを覚えていてくれたのだろう。宥めるように背中をさすられて、ボクはお坊さんといつもの場所でお菓子を食べた。