Number.005「なあ、ミナヒサ。バトルしようぜ!」
「お断りします」
「は? なんでだよ」
バトルを断ったミナヒサくんの肩を掴んで、ゆらゆらと揺らしている。
「やめてください。気持ち悪い」
「は? ダチに向かってその言い方はないだろ」
「腐れ縁の間違いでは」
振り払われてもめげずに「なぁーなぁー」と、肩を揺らすキリトくん。揺らされるミナヒサくんの顔色がどんどん悪くなっている。ど、どうしよう……。
「あ、あの。キ、キリトくん……さん!」
「なんだよチビ」
「ち!」
た、確かにボクはちっちゃいけれど、でもそれはボクがまだ7歳だからで。キリトくんたちと同じように10歳になったら伸びているもん。違うもん。
「えっと、ミナヒサ……さん、が大変そうなので、その」
「はぁ? ミナヒサならこれぐらい……ミ、ミナヒサ〜!!」
ちーんと、ミナヒサくんから抜けていく魂。はわわ。がっくりと力なく折れた首が不気味だった。
「…………」
ことの重大さを理解したキリトくんは、ミナヒサくんを開放しボクに向き直る。
「なあ、チビ!」
「み、光葉です! 成長期はこれからです」
「ちっちぇえから余計、女みてぇに見える」
確かにキリトくんは、3人の中で1番大きいけれど……。で、でも将来はわかりません。ボクは負けない。大きくなります。
「バトルしようぜ、チビ。俺に勝てたら女顔に改名してやる」
「な、名前で呼んでください……」
「よーし、やるぞ! ポケモン出せよ」
ポンと、モンスターボールを投げてバトルの準備に入るキリトくん。出てきたヒノアラシもやる気は十分。ここでボクが断ったら、キリトくんはがっかりしてしまう。ボクは、チコリータのモンスターボールを投げた。
出てきたチコリータは力強く鳴いて、ヒノアラシと向き合う。
「行くぞ、ヒノアラシ! 火炎放射だ!」
キリトくんの言葉を聞いて、ヒノアラシは不思議そうに首を傾げた。えっと、こういう時ってボクはどうすればいいんだろう……。キリトくんの様子を伺っていると、少しだけ体調が良くなったのか。まだ青白い顔のミナヒサくんがボクに声をかけてきた。
「攻撃していいですよ。あれは馬鹿なので、ポケモンの覚えている技を知らないんです」
「聞こえてんぞミナヒサ! 後でしばく」
「やめろ、馬鹿力」
テンポのいい会話。いいな、とっても仲良し。
「攻撃してもいいですか?」
「バトルは始まってるんだ! 遠慮せずこーい!」
先手は取られたはずなのに、ヒノアラシからの攻撃はちっとも来ない。キリトくんからも「来い」と、言われたのでボクはチコリータに指示を飛ばす。
「葉っぱカッターは、わかる?」
『当然!』
ぶんと、頭についた大きな葉っぱを振り、攻撃するチコリータ。
学校でポケモンのタイプ、覚える技、特性を教えてもらえるのは入門クラスへ進学した子だけ。ボクが1年間だけジムチャレンジをすることになった時に先生が教えてくれた。最初に選ぶことができる3匹のタイプ、覚える技、特性。ボクはワニノコを選びたかったけれど、全部覚えた。お勉強は楽しいから、全部覚えた。
「来るぞ! 大文字で燃やせ!」
ヒノアラシは大文字≠覚えられない。戸惑うヒノアラシに、チコリータの葉っぱカッター≠ェ当たる。
「なんで攻撃しないんだ!? う〜!」
ヒノアラシが覚えていそうな技は、レベル6で習得する火の粉=Bもしくは、レベル19で習得することができる火炎車=B
「(効果はいまひとつ。悩んでいる今なら大丈夫なはず)体当たり!」
地面を蹴ったチコリータの体当たり≠ェ、狼狽えるヒトカゲにヒットする。言うことを聞いてくれないヒノアラシに対して、イラつき始めているキリトくん。もう止めるべきかな? と、思ったのも束の間。チコリータの容赦のない体当たり≠ェクリティカルヒット。ヒトカゲは何もしないまま目を回した。
「完敗ですね、キリト。何してるんですか?」
「う、う、うっせえ! ヒノアラシが全然攻撃しなかっただけだろ!?」
ヒノアラシがトレーナーの指示を聞かずに動けばまだ戦いになっていた。けれど、最初のポケモンとして育てられた子たちは指示を聞くように教育されている。今回はかなり変な指示ばかりだったから、行動無視もありえたのだがそれは性格の差だろう。
「あ、あの。図鑑を出して貰えませんか……?」
「はぁ? 図鑑? なんでそんなこと……」
しょんぼりしたヒノアラシがトコトコと、キリトくんの元へやってくる。チコリータは誇らしげに鼻を高くしてボクの傍に立った。前に教わった通り、〈ポケモン図鑑〉の操作を指示する。〈ポケモン図鑑〉にヒノアラシのモンスターボールを読み取ってもらい簡易的なデータを表示してもらう。
「そこに書かれているのが、ヒノアラシの今使える技です」
「こんな技しか……」
「えっと……、」
どうしたらいいのだろう。声のかけ方を間違えたら怒らせてしまう。
仲良くなりたいのに、キリトくんは声が大きくてちょっぴり怖い。ミナヒサくんに助けを求めてみるけれど、ボクの視線に気づいても首を振るだけ。ど、どうしよう……!?
「お前、こんな技しか覚えてないんだな! 俺、最初からもっと派手なの覚えてると思ってた! 悪かったな〜。ビックリしただろ」
すんなりと自分の非を認め、傷だらけのヒノアラシを抱き上げた。ヒノアラシもそこまで気にしていないようで、小さな手を軽く上げて返事を返した。許されたことを理解したキリトくんは進行方向を向き、何の前触れもなく走り出した。
「行くぞ、ヒノアラシ! お前はもっともっと! 派手な技を覚えるんだッ!」
「待ちなさい、キリト! ポケモンの回復をしないと……あぁ、もう!」
「あ、あ、待って……! ボクも……」
一生懸命走って、2人の後を追ったけれど追いつけない。
お腹が痛いと、歩き出す。お母さんが「軽いのよ」と、言っていたリュックサックが重たかった。
『大丈夫?』
首周りの棘のような所から伸びる蔓。
ボクの頬っぺたを探るように撫でる優しい蔓が、嬉しかった。
がらんとしたロビーで待ち、名前が呼ばれたので受付に近寄る。
「お預かりしたポケモンは元気でしたよ。健康状態もバッチリです」
チコリータのボールを受け取り、ベルトにセットする。
「光葉くんはジムチャレンジをする予定なのよね? エントリー申請をしていく?」
「あっ! は、はい。お願いします」
鞄の中から慌てて〈身分証明書〉と、〈ポケモン図鑑〉を差し出す。
それらを受け付けの機械に読み込ませて、少しだけ待つ。「終わりましたよ〜」と、ジョーイさんがボクに渡した物を返してくれた。
「はい。エントリー完了です」
「あ。あの、説明とかって……」
「今の段階では説明はありません。頑張ってくださいね!」
「あ、はい……」
聞かれるがままに部屋を取り、逃げるようにロビーから離れた。雪崩れ込むように部屋に入り、大きな音を立てて扉を閉める。ドクドクと、耳の奥にまで聞こえる心臓の音。膝がガクガクと笑い始め、そのままズルズルと腰が下がる。
「は、はは、ははははは……!」
訳も分からず、笑う。笑うことしかできなかった。
意気地なし。ジムチャレンジだって断ればよかったのに、結局やってしまった。
「(どうせお母さんやお母さんに聞かれたらやるって言うんだろうけど……)」
やだなあ、やだなあ。
どうせやるならもっと楽しんでやりたいのに。
「独りぼっちはやだなぁ」
ムズムズする。腰の当たりが変。
背もたれにしていた扉から離れると、パカンと何かが開く音がした。
『独りじゃないでしょ!』
ボクの独り言に反応したのだろうか。チコリータがちょっぴり怒った顔で出てきた。
「あ、ぅ、……あ、あのね、チコリータ。お、怒らないでね」
『どうしてアタシが怒らなきゃいけないの?』
意気地のないボクの言葉は、きっと
「ボクは、ボクはね。トレーナーなんかになりたくなかったの」
言わなきゃいいことを、飲み込めばいいことを、ボクは吐き出す。
ポケモン協会から預けられた卵をお世話するお仕事をしているお爺さん。適正な年月をお爺さんの元で過ごし、またポケモン協会に返される。一緒に育った沢山の兄弟と一緒に【最初のポケモン】としての教育を受ける。
色々なことを学んだわ。
何が正しくて、何が間違っているのかはアタシの考えは全部受け売りだけれど、それで衝突したなら衝突したで構わないの。
アタシを選んだのは、嘘つきな
分かりやすい嘘を、アタシを預かる人は見破ることはなかった。嘘だと看破した所で変わらないとでも思ったのかしら? アタシは分からないけれど、そうかもしれない。
震えながらにアタシのボールを受け取った嘘つきな
アタシが次に呼ばれたのは、見慣れた顔との対面だった。
どんくさい他の子と違って、アタシは気が利くの。あなたの弱音だって支え切ってあげる。
「葉っぱカッターは、わかる?」
『当然!』
気が弱くて、小っちゃなアタシの御主人様。
恐る恐るアタシに聞く姿はとっても自信が無いの。滅入っちゃう。
攻撃を受け続け、倒れたヒノアラシ。頑張ったなんて口が裂けても言えないけれど、御主人様の視線はあっちのトレーナーに向いている。アタシを見ていない。褒めの一言もなくボールの中に戻される。
『(はあ。……まあ、いいわ。今は許してあげる)』
許してあげる。アタシは優しいから、余裕のないあなたに余裕ができるまでは我慢してあげる。バトルも終わったし、しばらく戦いは無いでしょう。気疲れをした。ちょっと休まなきゃ。
メディカルチェックを受けた。異常なし。当然!
バトルをしたけれど、反撃なんてなかったから怪我なんてものもない。様子を見ていたけれど、なんか変な感じ。アタシの御主人様、そんなに急いで部屋に駆け込まなくたってもいいのに。
息遣いが変。行動も変。あんな大きな音を立てるだなんて、臆病な
「独りぼっちはやだなぁ」
ふざけないで! アタシがいるでしょうが!
そこまで頭が働かないだなんて、よっぽどのバカなのね、あんたは!!
『独りじゃないでしょ!』
無理やりボールから出て、訴える。
バカバカバカ、バッカな
「あ、ぅ、……あ、あのね、チコリータ。お、怒らないでね」
『どうしてアタシが怒らなきゃいけないの?』
あなたが愚かなことなんて、知っている。
あなたが嘘つきなことだって、知っている。
「ボクは、ボクはね。トレーナーなんかになりたくなかったの」
知っているわ、そんなこと。
見ていたらわかるもの。あなたが、何者にも成りたくない中途半端な