その夜わたしは眠れず、窓際に座り夜空を眺めていた。すると次第に厚い雲が星空を覆い隠し、激しい雷雨が訪れた。 外にいるセルが気になる。 目に付いた傘と小さな灯りを持って、わたしはリングの方へ様子を見に表へ出た。何かきっかけになれば…そう思っていた。 リングへ辿り着いてみると、セルはずぶ濡れのままリングの中央に立ち尽くしていた。雨が彼の顔を滴(したた)り、落ちて行く。目を閉じ静かに時間が過ぎるのを待ち続けているようだ。たぶんこちらにも既に気付いているのだろう。 彼から口を開く気配はない。何から話すべきか…迷いつつもわたしは声をかけようと彼に近づいた。 が、セルはそんなわたしを制するように先に言葉を発した。 「何をしに来た」 セルはまだ機嫌が悪いようだ。 「ここにいてはずぶ濡れよ」 「無用な気遣いだ」 相変わらずの様子にどこか哀しい気分にさえなる。彼をまた怒らせたくない…彼とは話をしたいのだから。 確かにわたしは相手を間違えていたかもしれない。元はといえば、トランクスはドクターの目的とは全く無関係な人間。彼が怒るのも無理もない。 「わたしの間違いだったわ、ごめんなさい。むしゃくしゃしてたのよ…思うように行かないから」 少し間が空いたところで、セルは静かに答えた。 「…ならば、お前の考える思うように行くやり方とは何だ」 「それは…」 「そう聞いたところで、お前から出てくるのは決まってドクターゲロのことなのだろう?」 セルにはわたしの考えなど、もう分かり切っているのだ。でも、わたしが言いたいのはそれを越えたその先…どうすれば理解し合えるかということ… 「あなたは…随分とドクターを嫌ってるようだけど、それはよく分かったわ。でもわたしにとっては大事な人なの。どうしたらそれを理解してくれるの…?」 するとセルは何かつぶやくように答えた。 「…理解など…したくもない…」 「セル…?」 雨音でよく聞こえない。でも先程とはどこか様子が違うように見えた。それ以上答えないセルに不安に思いながらも、わたしは話を続けた。 「わたしはあなたを完全体にさせる為にこの時代へ来たわ。とは言え、わたしが完全体にさせようとしていたのは、研究所に眠っているセルのこと。あなたに会えたのは運命だったのかもしれない。わたしはあなたならきっと完全体になるんじゃないかって思ってたわ…」 「ドクターはわたしにセルを必ず完全体にさせるよう言い残して散っていったの…本当に悔しかった…だから、わたしは必ずその意志を果たすって決めたわ。ドクターが成し遂げられなかったことは、残されたわたしにしか出来ないんだって。それが、助けられなかった彼への償いだと思ってた…」 セルはしばらく答えない。 「もちろん不安はたくさんあったわ。でもあなたが完全体になって、ようやくドクターの思いを果たせたって思えたの。ドクターは確かにもういないけど…わたしにとっては自分の存在する意味を持たせてくれた人なの…それだけは分かって欲しいわ…」 しばらくたって、セルは口を開いた。 「存在する意味…か。お前にとってそれを見出せる程の者がいたということか…」 「…そうよ」 今度は何を考えながら話しているのか、彼の反応が気になったが… 「ならば聞こう。お前にとってこの私は何だ」 「え…?」 「どうなんだ」 こちらに向けられた視線が…いつもと違う。わたしから出る次の言葉を待ってる…でも今の彼に何と言えば良いのか、言葉が見つからない。 「どうした…わからないのか」 ど、どうして急にそんなことを… 「それとも私の機嫌を損ねまいと言葉を選んでいるのか?そんな遠慮など…無意味だ」 最後の言葉がどこか意味深な響きだった。 ドクターを失ったわたしにとって、セルは彼が残した大切な形見のようなものだった。彼を通してドクターの存在を感じていたのだ。そう…セルとまともに話すことになるまでは。 でも今は…? 「お前は以前、私の意思はドクターゲロから来るものでもあると言っていたな。それは本当にそう思っての言葉なのか?」 セルからの疑問に胸が痛む。今思えば、わたしは随分と軽はずみな発言をしてしまった。でも、今でもそのことを気にかけていただなんて…嘘などついても彼の前ではもう何の意味もない。素直に言うしかない… 「確かに…ドクターを失ったわたしにとって、最後に残されたあなたは形見の様な存在だったわ…あなたがいることで、ドクターの意思も生きているんだって、そう思えた…」 「…本気で言ってるのか」 セルの低い声が雨音越しに聞こえた。 「突然わたしの前から消えたドクターを…あなたに出会ったことで、あなたを通してドクターにまた会えたような気がしてた…ドクターのことを忘れるだなんて出来なかった…!」 「…やめろ…!」 「今は…あなたはあなた自身であってドクターと並べるべきでないと思えるようになったわ。でも正直どうしたらいいかわからない…こんなにもあなたは否定するなんて…ずっとドクターの言葉を信じてやってきたけど、突然全てを突き放されたように感じて…戸惑うばかりか悲しかった。それでも…それでも、わたしはここで立ち止まるわけにはいかないの。わたしにとって、ドクターとの約束は果たすことで全てが終わるわけじゃない。彼が遺していった意志を守る為でもあるの…!」 「なぜなら彼はわたしにとって本当に大切なひとだから…あなたに何を言われようとそれは事実だもの…!」 「ドクターはあなたにも理解されることをきっと望んでるはずだわ…!」 ページ: ストーリー: 小説TOPページへ サイトトップページへ |