そう言い終える瞬間だった。 わたしの目の前に大きな手が迫り、力強く口を塞がれた。突如降りかかる殺気に、身体に衝撃が走る。わたしの手にあるもの全てが足下へと転がり落ちた。 「それ以上ドクターゲロの名を口にするな…!!私をどこまで不快にさせる気だ!この場で私に殺されたいのか!? 」 力強く歯を食いしばり激しい表情を見せたセルに、わたしは思わず身が震えた。 「この世にいない者を自身の盾のように使うのは辞めろ!私が話したいのはドクターゲロを介したお前ではない!ましてや…この私から奴を思い起こすなど…!!」 そう言いながら力を込めるセルの手が熱い。彼の目からは、怒りのような哀しみのような…それがどこかわたしに訴えるかのように入り乱れて見えた。 雨水が伝う彼の顔が一層それを強く感じさせる。 彼のこんな顔…初めて見た… 抵抗もできないわたしをセルはそのまま放り投げた。わたしは激しい雨の中倒れこむ。 わたしが…セルに怯えているなんて… 息を切らしながらも、わたしはその心を鎮めようと必死だった。 セルはしばらく何も話さない。 わたしの様子を伺っているのだろうか。 わたしからの言葉をまた待っているのだろうか。 彼はもうわたしを許すことはないのだろうか… 今この場でセルに何を話せば良いのだろうか… 「あなたに…殺されてしまうのなら仕方ないわ。わたしにはどうすることもできないもの、最後まで見届けられないのは残念だけど…」 やっとのことで答えたわたしに、セルは睨みつつそばに歩み寄って来た。そして気が付くとわたしは、首元に手を掛けられ足元は地から離れていた。 「ほう…いい覚悟だ」 そう言い放ったセルの目は、その言葉とは裏腹にどこか哀しみを感じさせた。 怯える中その目にだけは…気付かずにはいられなかった。次第に複雑な気持ちに駆られる。 確かにわたしは彼の触れてはいけない何かに触れてしまった。 でもそれはドクターを嫌っているから…? いいえ…何か違う… 本当はわたしに何を伝えようとしているの…? あの時のセルは本当に優しかった… あれが夢ではないのなら… 嘘ではないのなら… きっとこのままで終えられないはず… 「セル……!」 息苦しさをよそに、わたしは彼の心理を確かめたい一心だった。 「わたしに不満なら…はっきり言ってくれていいの…!」 「何をだ」 「わたしには…あなたがもっと…別の伝えたいことがあるように…思え、る…!」 「伝えたいことだと…?」 そのわたしの言葉にわずかながら反応を見せたセル。迷いがあるとも思わせる心の揺れが、わたしの首元を掴む彼の手から伝わってきた。 だが、返ってきた言葉はまるで冷たいものだった。 「…そうだな、お前には失望した」 表情を変えずセルはそう答える。 「今のお前に話すことなど他に何があると言うんだ」 「本当に…それだけ…なの…? 」 「何が言いたい…!!」 セルの手に再び力がこもる。 「貴様の話などもううんざりだ…!! 聞きたくもない!! 」 彼からの言葉に一層苦しさが増す。もうこれ以上何も言えなかった。 セルの力強く掴む手を、ただ握っているしかなかった。 セル… 目の前の景色が大きく揺らいだ。 激しい雨と共に、わたしの目には次々と涙が溢れていた。 そんなわたしを見てか、感情を抑えられぬとばかりにセルの手は強まる。 「今のお前に私を理解などできるのか!?なぜ私がお前とともにここまで来たのか!お前に目をかけた私は愚かだったのか!? 」 セ…ル…… 「私は…お前が必要だった…!」 掴んだその手は離され、わたしは力無くどさりと倒れこんだ。 「失せろ」 それ以上セルは話すことはなかった。 わたしに向けられた彼の背には、激しく打ちつける雨の滴が幾度となく流れ落ちていた。 ページ: ストーリー: 小説TOPページへ サイトトップページへ |