Story:16 雨の夜に-2-



そう言い終える瞬間だった。

わたしの目の前に大きな手が迫り、力強く口を塞がれた。突如降りかかる殺気に、身体に衝撃が走る。わたしの手にあるもの全てが足下へと転がり落ちた。


「それ以上ドクターゲロの名を口にするな…!!私をどこまで不快にさせる気だ!この場で私に殺されたいのか!? 」

力強く歯を食いしばり激しい表情を見せたセルに、わたしは思わず身が震えた。

「この世にいない者を自身の盾のように使うのは辞めろ!私が話したいのはドクターゲロを介したお前ではない!ましてや…この私から奴を思い起こすなど…!!」

そう言いながら力を込めるセルの手が熱い。彼の目からは、怒りのような哀しみのような…それがどこかわたしに訴えるかのように入り乱れて見えた。
雨水が伝う彼の顔が一層それを強く感じさせる。


彼のこんな顔…初めて見た…

抵抗もできないわたしをセルはそのまま放り投げた。わたしは激しい雨の中倒れこむ。

わたしが…セルに怯えているなんて…

息を切らしながらも、わたしはその心を鎮めようと必死だった。


セルはしばらく何も話さない。
わたしの様子を伺っているのだろうか。
わたしからの言葉をまた待っているのだろうか。

彼はもうわたしを許すことはないのだろうか…

今この場でセルに何を話せば良いのだろうか…


「あなたに…殺されてしまうのなら仕方ないわ。わたしにはどうすることもできないもの、最後まで見届けられないのは残念だけど…」


やっとのことで答えたわたしに、セルは睨みつつそばに歩み寄って来た。そして気が付くとわたしは、首元に手を掛けられ足元は地から離れていた。

「ほう…いい覚悟だ」

そう言い放ったセルの目は、その言葉とは裏腹にどこか哀しみを感じさせた。 怯える中その目にだけは…気付かずにはいられなかった。次第に複雑な気持ちに駆られる。

確かにわたしは彼の触れてはいけない何かに触れてしまった。
でもそれはドクターを嫌っているから…?

いいえ…何か違う…


本当はわたしに何を伝えようとしているの…?

あの時のセルは本当に優しかった…

あれが夢ではないのなら…
嘘ではないのなら…
きっとこのままで終えられないはず…



「セル……!」

息苦しさをよそに、わたしは彼の心理を確かめたい一心だった。

「わたしに不満なら…はっきり言ってくれていいの…!」

「何をだ」

「わたしには…あなたがもっと…別の伝えたいことがあるように…思え、る…!」

「伝えたいことだと…?」

そのわたしの言葉にわずかながら反応を見せたセル。迷いがあるとも思わせる心の揺れが、わたしの首元を掴む彼の手から伝わってきた。

だが、返ってきた言葉はまるで冷たいものだった。

「…そうだな、お前には失望した」

表情を変えずセルはそう答える。

「今のお前に話すことなど他に何があると言うんだ」

「本当に…それだけ…なの…? 」

「何が言いたい…!!」

セルの手に再び力がこもる。

「貴様の話などもううんざりだ…!! 聞きたくもない!! 」

彼からの言葉に一層苦しさが増す。もうこれ以上何も言えなかった。 セルの力強く掴む手を、ただ握っているしかなかった。



セル…


目の前の景色が大きく揺らいだ。
激しい雨と共に、わたしの目には次々と涙が溢れていた。
そんなわたしを見てか、感情を抑えられぬとばかりにセルの手は強まる。

「今のお前に私を理解などできるのか!?なぜ私がお前とともにここまで来たのか!お前に目をかけた私は愚かだったのか!? 」


セ…ル……


「私は…お前が必要だった…!」


掴んだその手は離され、わたしは力無くどさりと倒れこんだ。


「失せろ」





それ以上セルは話すことはなかった。

わたしに向けられた彼の背には、激しく打ちつける雨の滴が幾度となく流れ落ちていた。

- 46 -



*前次#


ページ:

ストーリー:











小説TOPページへ

サイトトップページへ