Story:17 近くて遠くそれなのに近い-2-



あれから既に数日が経っていた。
あの日心崩れ、くたびれた身体を引きずりこの家へ戻ったが、それきりはずっと閉じこもったままだ。

わたしは途方に暮れていた。ドクターの最期の言葉に無我夢中でここまでやってきた。セルと出会い完全体への目的も遂げた。様々な壁があったとはいえ全ては順調のはずだった。

何もかも失いかけていたわたしにとって、セルの存在は唯一の救いだったはず。


でも…
いつしか彼との間には見えない壁が出来ていた。知らず知らずの内にわたしがその原因を作っていたのだとしたら…何て馬鹿なことをしたのだろう。

もう駄目なのかもしれない。たちまち彼からの信頼を失ってしまったのだ。わたしは完全に自信をなくしていた。


ふといつの日か回収した、幼生セルを入れたホイポイカプセルを見つめる。この小さなセルでさえ無駄にしてしまうのだろうか…今のわたしに何ができるというのだろう。

涙が込み上げてくる。

「こんな大事な時に…やっぱり独りでは何もできないのね…」

部屋の隅にひとりうずくまり、わたしは声を押し殺しながら泣き崩れていた。



今夜は一段と長い夜に感じた。
先ほどから思い浮かぶのは、セルと過ごした今までの道のりばかり…

わたしはこの次元へ来て、ようやくセルに会うことが出来た。それなのに、その本人をさて置きドクターのことばかりを考え行動してきたのだ。彼は単なる細胞からの造りものじゃない。彼は彼自身の思いがあってこの時代へやって来たはず。それは、同じバイオ技術でもって生まれたわたし自身が一番理解しているはずなのに。

わたしはセル自身のために何を考えただろう。

何も…何にも考えたことなんてなかった。自分の都合ばかり…そしてドクターのことばかり考えてた。いつも目の前にいたのはセルなのに。


そう、セルだったのに…


わたしには今もまだ忘れられない、あの時の彼がいた。そんな自分になぜ素直になれないのだろう。ずっとあの時の気持ちは残ってるのに…

どうして…



わたし…

彼に戸惑ってるの……?



まさか……


彼のこと……





思わず衝動的に外へ飛び出した。
目の前に現れた白い光に思わず立ち止まる。あの日の激しい雨とは打って変わり、今日は月夜が綺麗だ。その月の白さは、まるでわたしの頭の中を映し出しているかのよう。戸惑いで真っ白になったわたしの気持ちそのものに見えた。

彼は…セルはもうわたしを見捨てたも同然。こんなこと考えたってどうにもならないわ…突然早まる鼓動を抑えるかのように、わたしは心の中で自分自身にそう言い聞かせていた。このどうにも落ち着かない、まるで混乱しているかのような気持ちに、わたしは無意識にも切り替えようと必死になっていた。

もうどうにもならないのよ、わたしはこのまま彼の前から去るべきなんだわ。彼にとって妨げになってしまうのなら…なおさらよ…!




わたしは月夜に背を向け上空へ飛び出した。どこに向かうべきかなど頭にも無かった。今のわたしは、ただ体の向くままに進むしかなかった。

月はまるでわたしを大きく見下ろすかのように輝き続けている。こんな月からは離れなければ。光が届かない場所へ行かなくては。そんなよく分からないことをとっさに思い、わたしは夜の空を突き進んだ。


でも…

どんなに突き進もうと月はいつまでもわたしを追いかけてくる。ずっとずっとわたしのそばから離れないのだ。光り輝くその月はずっとわたしを照らし続けていた。

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