思わず声を荒げてしまった。見上げると、突然のわたしの言動に驚きを隠せずにいるセルがいる。 「ご、ごめんなさい…」 セルは何も言わない。 「もう戻りましょう、リングの場所に」 わたしはその場で話を打ち消し、リングの方向へと飛び出そうとした。 が、彼はそれを許さなかった。一瞬にして腕を掴まれ、引き寄せられてしまう。 彼が…もう目の前だった。 「ようやく互いに向き合える時が来たんだ、ここで終わらせる訳にはいかない。お前にしか話せない話が私にはあるんだ」 「いや、むしろお前から私にしか話せない話を聞きたい」 「ど、どういうこと…?」 どこか必死にも聞こえる彼の言葉に再び戸惑ってしまう。 「今…お前が何を感じながら何を考えているのか…知りたい」 彼の目が…真剣だった。 「お前に…」 もう目を反らすことなど出来なかった。 「お前にもっと……近づきたい」 「お前を知ったつもりでいた…だがそれ以上に近づけない何かがあった」 それは… 「これ程そばにいても…これ程惹きつけられても…お前はいつも掴めぬ存在だ」 彼から伝わるものに…鼓動が早くなる。 セル… あなたは… 「どうしてお前は…」 「こんなにも私を……惑わせるんだ…」 わたしの腕を、そして手を掴む彼の手が本当に熱かった。 わたしには分かった。 彼は今、今の自分をありのままわたしに見せようとしている…わたしにだけ見せようとしてる… 体中が熱くなる。 上手く言葉にならずいつのまにか涙があふれていた。 セル…それは… 「まるでわたしの台詞だわ…」 「○○○…」 「…不安だった…!」 あなたのことが本当に不安だった…わたしにはどこか遠くて…寂しかった。でもあなたはとっくにわたしのことなど知り尽くしてるかのようで…わたしが知るあなたなんてほんの一面だけなのに。 あなたの気の利いた言葉も何だか信じられなかった。 あなたを見ているとわたしなんて本当は必要ないんじゃないかって…わたしがここにいる意味なんてないんじゃないかって…そんなことしか思えなかった… 泣きながらわたしはそう必死に答えていた。 「○○○…不安にさせたのは私のせいだ。私が…」 「違うのよ…」 「○○○…?」 「そうじゃないの…あなたのせいじゃない…わたし…やっぱり素直じゃない…」 あの時のあなたがまるで夢のようだった。あの時のあなたがいたからこそ、あなたに惹かれたわたしがいた。 忘れられなかった。 ずっとあの時を追いかけて…何度も思い続けた… あの時の優しい… 「優しいあなたが…忘れられなかった…」 その言葉にセルは何かを思い起こしたように、じっとわたしを見つめた。 「だからこそ、悔しくて悲しかった…」 「○○○…」 「ずっと…ずっと忘れられなかった…」 彼の胸へうつむきながらも寄り添う。 「あの時のあなたに…」 「あなたに会いたかったの……」 静かに夜風が流れていく。 「そうか…」 「そうだったのか…」 セルの声は穏やかだった。 「今はもう…それだけで充分だ…」 彼はそれ以上何も言わなかった。 わたしを掴んだその手はわたしを覆い、いつまでも離さなかった。 月夜にずっと… ずっと二人だけだった。 ページ: ストーリー: 小説TOPページへ サイトトップページへ |