大人とはめんどくさい生き物だ。

私は急いで緑谷少年に連絡をした。彼女の思ってもみないお誘いに胸が高鳴った。彼女に会うのは久しぶりだった。なかなか都合があわず、二人の間で距離が大きくなるのをなんとかしてとめたかった。本当なら大人の男性らしくサラッと誘いたかったのに、ぎこちなさは伝わっていないだろうか。



「ごめん。急用ができちゃったから今日はみてあげられない。いつものメニューをこなしておいてもらえる?本当にごめん。その代わり今週末みっちり付き合うよ!」

我ながら一回りも若いお嬢さんに一喜一憂している事に驚く。緑谷少年からはオールマイトのスタンプでyes!と返信がすぐにきた。週末よろしくお願いします!との言葉を添えられて。




さて。おもてなしの準備をしなくては。'最高のお友達'が来てくれるのだから。


「こんばんは〜!」

インターホンから彼女の声が聞こえ、私は玄関の前で左右に行ったり来たり、顎に手を添えてそわそわしていた。私の部屋に彼女が来るのは実に久しぶりだ。

「わーたーしーがー!来た!えへへ」

(抱きしめたい。)

率直な感想だ。みょうじさんはネイビーのニットワンピースに、黒いタイツ。ヘアメイクはナチュラルでとてもラフな装いだった。お邪魔します、とパンプスを揃え、私は彼女をリビングへと引き入れた。

「ディナーには少しはやいし、先に映画観るかい?」

はい!と笑窪を作り、彼女は私の部屋をまじまじと見回した。

「ほんと立派なお部屋〜。モテ部屋。」

HAHAHAと笑いながら私は彼女のために用意したバニラフレーバーのコーヒーを入れる。勿論ミルクたっぷりで。


私達が観賞用に選んだ映画は、少し古いフランス映画。なんでも彼女は学生時代にその映画を課題材料に論文を書いたこともあるそうだ。

「とても懐かしいです」


彼女は目を細め、別人のように微笑んだ。

それは、全てが上手くいっていた男性が、事故で右目以外全身麻痺になってしまう実話。彼は瞬きだけで言葉を伝えるのだが、お涙頂戴映画ではない。彼は事故に合うまで自由奔放に生きた。浮気もすればギャンブルもする。それは麻痺してからも、瞼を閉じれば彼の脳内では自由な世界が広がっていた。人間味のある彼の人生が映画の中で際立っていた。


「私、こんな生き方が出来たらなぁって思ってました。強い個性じゃない私は、親に決められた学校に進み、決められた大学を受験し、コネでマスコミ関係に就職して。彼のように本能に忠実で、でも仕事も楽しんでいて。そんな人生を送りたいと思ってました。」


映画を見ているあいだ、パサっと彼女のシャンプーの匂いが私の鼻をくすぐった。ソファで隣に並んで観ているのだ、それくらい普通なのに。二人の間にある微妙な距離がもどかしい。無造作に置かれた彼女の手に自分の手を重ねたい。しかしダメなんだ。私はそこまで求めてはいけないのだ。


「マイティーさんは、幼い頃に思い描いていた未来を今生きることが出来ていますか?」


私の手料理に舌鼓をうち、完食してくれた彼女と、今度はワインをグラスに傾けていた。もちろん、お互い沢山飲めないからグラスの半分も入っていないのだけれど。


「どうだろう。」

絶好調だった10年以上前ならば迷いなくイエスと答えていただろう。なんだか今夜の彼女は妙に憂いを帯びていた。

「まあ、まだこれからの未来はどうとでもできますけどね。マイティーさんだってまだ若い若い!10年後もお友達でいて下さいよ〜?」

あぁ。言うのだオールマイトよ。私は君の思い描く未来にはきっと存在していないのだと。この時悟ってしまったのだ。これ以上は彼女と関わってはダメだ。自分が抑えられなくなってしまう。欲望のさらに先を欲してしまう。いいお友達ですら居られなくなってしまう。


「みょうじさん、そろそろ、、明日も仕事だろ?」

少し寂しそうな顔をした彼女は、椅子を立った。そうですね、と荷物に手をかけた。



夜道だ、タクシー代を無理やり渡し、下のロビーまで送った。タクシーが来るまでの間、私はもう彼女に会う事はないだろう。そんな事を考えながらぼんやり彼女の横顔を見ていた。思えば彼女と合う度に最終的には自己嫌悪に陥っていたではないか。分かっていたじゃないか、最初から。


「マイティーさん。今度は私のオススメのカフェに行きましょう。行ってくれますよね......?」

何かを察知したのか、みょうじさんは私の顔を覗き込むようにして問いかけた。


「あぁ。うん。そうだね。」

ちゃんと笑えているだろうか。今の私はどんな顔をしているのだろう。つい何時間か前、彼女が来るまでは乙女のように盛り上がっていたのに。大人とはめんどくさい生き物だ。


彼女がタクシーに乗り込むその時、私は無意識にも彼女の手を掴んでしまっていた。


「マイティー.....さん??」



彼女は不思議そうに私を見つめた。私もその彼女の瞳を見つめた。お互いの瞳の中の自分を探すように。


「ううん、何でもない。忘れ物、ない?お家に着いたら一応連絡するんだぜ?」


触れていた手を離し、横に振った。
タクシーが過ぎ去った後も、私は自分の手を見つめ動けないでいた。