タクシーの中で考えていた。
彼に触れられたところがまだこんなにも熱い。
(お友達.....。)
私は頭の中で呟いた。お友達。お友達。お友達。彼の碧色の瞳を見てしまうと全ての思考回路が停止する。何も考える事ができなくなる。私の瞳だけを見て。そう言われている気になってしまう。それは碧色の誘惑。
「さっきの彼氏?随分と歳が離れてんけど優しそうな人やなぁ。ただもっと太らせた方がええで!ハハ!」
タクシーの運転手であるおじさんが関西出身なのか、関西弁で前方を見ながら問いかける。
(彼.......)
どうしよう。こんなにも会いたい。
(なによ、友達って。)
コミックみたいにもっと簡単にいけばいいのに。出会って、デートをして、付き合って。現実はやはり違うのだ。
「........あの、運転手さん、」
私は軽く息をついてから運転手さんに声をかけた。
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しばらく彼女に触れた手を見つめたあと、私はその手で顔を覆った。まだこんなにも熱い。大丈夫。なんとか抑えられた。いや、手を握った時点で抑えられていないか。嫌われちゃったかな、何年ぶりに感じるこの胸の苦しさだろう。もう会わない。そうだ。会えない。
(これでいいのだ。オールマイト、いやマイティー。彼女のためにもこれ以上は....)
阿呆みたいに突っ立っていた私はようやく歩みだそうとした。その時。
「マイティーさん!」
どうしても会いたいと願った彼女が、涙を浮かべながら立っていた。
「.....わ、忘れ物?」
そんなはずない。だってこんなにも張り詰めた顔をしているじゃないか。ダメだ。だめなんだ。諭せ、オールマイトよ。彼女の未来を救えずとして何が平和の象徴だ。
「みょうじさ....」
私は言葉を止めた。彼女が私の腰に腕をまわしたからだ。もう限界だった。私は彼女を振り払わなければ、と頭で信号を送っているのに身体は彼女を抱きしめていた。あぁ、なんと華奢な身体なのだろう。小さな肩幅、細い二の腕。外気に冷やされているはずなのにとても彼女の体温は熱かった。
「マイティーさん....」
顔を上げた彼女は抑えきれない涙を流しすんすんと鼻をすすっていた。彼女の次の言葉を待つ前に、私は彼女の唇を塞いでいた。
「ん、....」
彼女から吐息が漏れる。この人はこんなにも色っぽかっただろうか。惜しみながらも彼女から唇を離し、とろけそうな顔を見つめた。綺麗な瞳が私を見つめ返した。
「今だけでも、私も本能に従って生きてもいいかな?」
今日二人で観た映画の男性のように。二人で二人の欲しているものを手に入れても良いだろうか。
「私、あの、思い立ったら直ぐに行動しちゃうタイプで.....」
「あぁ、知ってる」
彼女から香るシャンプーの匂いが、私の頭をくらくらさせた。二人でどちらともなくエレベーターに歩みを勧め、ボタンを押す。お互い無言のまま、しかし彼女は私の腕を掴んだまま。
「ついたよ。」
つい先程まで二人で居た自宅が、別の空間の様に思える。自分の心臓の音が大きすぎて、口から出てしまうのじゃないかって程。私はもういい年なのに、全く年相応の振る舞いが出来ていないようだった。本当ならもっと、スマートに、彼女をリードしたいのに。彼女は私を見上げながら、こう呟いた。
「ご迷惑、じゃないですか?...」
あぁ、もう。分かってやっているのか、この人は。そんな顔されて断れるわけないじゃないか。もう一度彼女を抱きしめる。とくん、とくん、と、互いの心音が伝わる。私は一呼吸置き、できるだけいつもの笑顔で言った。
「飲みなおすかい?」
彼女は笑窪をつくり微笑んだ。リビングにはいり、先程とは場所を変えて二人でソファに腰掛けた。私は彼女のためにシャンパンをあける。自分用にはウイスキーを少しだけ注いだ。こてん、と彼女は私の左胸に頭を傾けた。
「私も本能に従ってみました。そしたらこうなりました。」
それはそれは、濃密な一時だった。二人でチビチビと飲みなおし、確かめるようにお互いの瞳を見つめた後、気がついたら口づけを交わしていた。シャワーを....と呟く彼女を抱き抱え、だんだんと激しくなるキスに身を任せながら二人でシャワーを浴びた。
「髪が濡れちゃう..。」
彼女は慣れた手つきで手首に付いていたシュシュで髪の毛をまとめる。うなじから色気を感じ私を本能に忠実にさせた。
「なまえ....」
皮肉にも初めて呼んだ名前は情事の途中だった。溶けてしまうのではないだろうか、と思うくらいに舌を絡ませた濃厚なキスは、シャワーを浴び終えた私達には充分すぎる前置きだった。
「いいかな?」
耳元で囁くと彼女は頬を赤らめこくん、と頷く。もう、食べてしまいたい。悪いけど、止まらない。
「マイティーさん......」
私は彼女に伝えた。本当の名前はね.....
「とし..のり....さん。」
一文字一文字確認するように彼女は発した。私の脳内に媚薬のように響いたその言葉に、なす術はなかった。
(そう、俊典だ。何度も呼んで。私の名を。)
大人気なく、何度も何度も彼女を貫いた。彼女の声は、更に私を興奮させた。もう二人を止めるものは何も無かった。