それはとても長く感じられた時間だった。
私の目の前で起きたのは、本物の戦い。ワイドショーや特番等で見るオールマイトではなく、血を吐きながら拳を繰り出し守るべきもののために命懸けで戦うヒーローがそこにいた。
「ヴィランよ、こんな言葉を知っているか....」
何が彼をここまで突き動かすのか。
何故彼は自らの肉体を酷使して他を守るのか。
「.......すごい......」
私は入口から入りヴィランに見つからないよう隅に隠れた。オールマイトからは蒸気のような物がでていた。その蒸気が何なのかは分からないが、それが彼をまるで俗世のものではないように見せていた。この映像を記録しなければ。私はスマホで録画し続けた。何の機材も持ち合わせてない私にはそれくらいしか出来なかった。それでも。
そこからはあっという間だった。少し地味な男の子が急に飛び出したかと思うと、他のヒーロー達が登場し、ヴィラン達は一瞬にして逃げ去った。はっとした私はオールマイトのもとにかけよった。一言でも、コメントを、と。
「オールマイトさん!お願いします!先程の勇姿を伝えたいのです!コメントを!!!」
彼は私の姿が見えた瞬間、目を見開いた。
「ン?!..何故なまえがここに....」
私の事、覚えて下さったんだ、でも何で呼び捨てなんだろう。そんな呑気な事を考えながら、彼の顔にいつも持ち歩いている自前のテープレコーダーを近づけた。
「..俊典さん.......?」
雷にでも打たれた気分だった。目の前にいる平和の象徴は、顔が左右対称ではないのだ。半分がオールマイト。もう半分は私の知っている愛しいあの人だった。
「あなたは....誰なの....,,」
彼は見る見るうちに萎んでいき私の知っているあの人になった。
先日身体を重ねたあの人。
昨日優しいキスをくれたあの人。
いつも大きな腕で抱きしめてくれるあの人。
「これには訳が..」
俊典さんが話し始めたにも関わらず、気づけば私は泣きながらその場を走り去っていた。周りのヒーロー達が私を止めに入るのをオールマイト、いや俊典さんが静止し私はどこに向かうでもなくその場を立ち去った。
(どうして)
泣きじゃくりながら私は走り続けた。雄英の正門を抜ける。もう4月も下旬。気温は過ごしやすくなりつつあった。思えば私達が出会ったのは息を白くする程寒かった。雪が積もっていた木々は桜も散り際に差し掛かり緑色の葉が出てきていた。
(オールマイトが俊典さん....)
では、初めて彼にあったあの日。あれはオールマイトだったのか。彼にある大きな傷跡。無くしてしまった臓器。時折血を吐いてしまう症状。平和の象徴だなんて讃えられているがその実は満身創痍だったのだ。私がどうしても欲しかったオールマイトの情報。手には先程の映像を記録したスマホが握られていた。
(なんで撮っちゃったのよ私)
私がたどり着いたのは、彼と初めて会ったあのベンチだった。
「.........。」
ベンチに腰掛け、誰もいない自分の座る左側をみた。そこに黄金色の前髪が揺れる、彼が見えた。それは都合のいい私の記憶。彼がくれたのはうさぎ柄の可愛いお弁当包。
(胃を無くしちゃってさ)
ニコニコ笑いながら彼はそう言っていた。もう何ヶ月も前の出来事なんて信じられない。彼との毎日は走馬灯のようだ。1日1日が今までを凝縮されたみたいに。私たちは生き急ぎすぎたのだ。互いをもっと知る努力をするべきだったのかもしれない。
何故もっと早く彼の身体について聞かなかったのだろう。
「どうしても、」
空席だった私の隣に、包帯だらけの身体にストライプが入った辛色のスーツを羽織ったガリガリさんが腰掛けた。
「君の心が欲しかった。」
夕日に金色の髪の毛がキラキラと光る。彼は悲しそうに笑った。
「すまない」
俊典さんは俯きながらポツリポツリと話し始めた。途方もない悪と立ち向かううちに臓器を失った為活動時間が限られている事、平和の象徴であり続ける為に世間には公表していない事。
「いいよ。」
彼は私の頭に大きな掌をポンっと置いて言った。え?と私が聞き返すと、頭をくしゃくしゃと撫で、そのまま私の左耳を撫でた。
「なまえになら、いいよ。」
この人は私になら世間に晒されてもいいというのか。
どこまでお人好しなんだ。その優しさがとても辛かった。何人もの命を救い、その人たちの心までも救おうと笑顔で努めてきたヒーロー。では誰がこの人を癒すのか。
「できる訳、ないじゃないですか」
左耳に触れる彼の手を両手で覆う。彼の掌はゴツゴツとして乾ききっていた。よく見ると傷だらけの手。腕には包帯が巻かれ消毒の匂いが鼻をつく。この手を差し伸べられ救われた命は数え切れないだろう。
「だって、あなたのこと、こんなにも..」
泣きじゃくりながら私は右手で彼のコケた頬をさする。こんなにも。
「こんなにも好きなんだもの」
私が愛してしまったのは、通りすがりのガリガリさん。彼は雄英高校に勤めている。それだけじゃなくてプロヒーローであり、平和の象徴である男。
「すまない...。我慢できなかった。私の様なものが願ってはいかんのに」
彼は私の頬をつたう涙を人差し指でぬぐった。いたずらっ子のような顔をして何故って?と呟く。どんどん碧色の瞳が近づいてくる。いつもは窪んで見えない金色睫毛がよく見える距離になる。鼻先がぶつかった。高い彼の鼻が私のをつつく。彼の碧色の瞳からはもう目が離せない。そう、それは碧色の誘惑。彼は私の耳元で囁いた。
「どうしても、君の心が欲しかったのさ」
そうして私に口付けた。夕日が沈み、当たりが次第に暗くなる。濃厚な口付けは決して甘くはなかった。涙のせいで塩っぱい、まるでティーンのような味。私たちはしばらく初めて会ったそのベンチに腰掛けていた。