ほんとにずるい、この人。

私は彼を待ち続けた。すまない。最後にそう一言だけ残して彼は行ってしまった。何故彼でなければならないのか、一般人である私には考えても到底理解出来ない理だった。この街にも数え切れない程のヒーロー事務所はある筈だ。連絡が来た相手は恐らく警察関係だろうが、誰かなんて検討もつかない。ゴーン、と正午のアラームが鳴る。彼からは連絡もなくまだ帰ってくる気配もなかった。


(泣くんじゃなかった)


子供のように駄々をこねて腕にしがみつき泣きじゃくった。女子力アプリで年上の彼に女々しい態度はひかれると書いてあったのを思い出す。



(嫌われてしまったかなぁ。)



それでも私は待つ事しか出来なかった。



「すまない。」



出発する際と全く同じ言葉を俊典さんはこぼした。彼が帰宅したのは時計が午後5時を刺した頃だった。見るからに彼は憔悴している。スーツの上着を脱ぐと、シャツには血が少し滲んでいたのが見えた。



「ごめんなさい、私には待つ事しかできなくて」
「いいんだ。待っててくれてありがとう。」



謝罪の言葉に私は謝罪で返した。何か食事を作る気がきけばよかったのだが、人様の冷蔵庫を勝手に開ける勇気はなかった。彼はコフっと軽く咳き込みながらリビングの椅子を引き、私の向かい側に腰掛けた。



「先日の襲撃事件について、警察の塚内君と話し込んでいたから遅くなってしまってね。てっきりもう帰ってしまったかと思っていた」
「ヒーローの1日は長いんですね。私には想像もつかない」


マスコミ関係の仕事をしている以上、TVで放映する内容程度なら把握しているが、プライベート、それが秘密の多いNo.1ヒーローオールマイトであれば尚更未知の類だった。今日は襲撃事件後の残党狩り、といった所だったのを警察の手に負えなくなってしまったらしい。



「私何か作りましょうか?冷蔵庫、開けてもいいですか?」
「すまないね。」
「俊典さんったら、謝ってばっかり。」
「oh!痛いよ」
「ふふふ」


私はこの重たい空気をどうにかしたくて、彼のおデコにデコピンをかました。彼はおデコを摩りながら目尻に皺を寄せる。その笑顔を見て少し安心し、キッチンへと向かった。彼に背中を向ける形となり、彼の視野に入らないようにした。目頭にツンと刺激を感じたからだ。涙が我慢できそうになかった。


(無事でよかった。)



この人の側にい続けるという事は、毎回この痛みに耐えなければならないのだ。改めて実感する。No.1ヒーローに添うと言うこと。




「私はなまえを泣かせてばかりだね」


大きな腕に包まれた。彼の低い声。耳元で囁かれると全身の力が身体中の末端から抜けるようだった。長い人差し指が私の涙を拭う。俊典さんの碧い瞳が私を覗き込んだ。私の目線に合わせて大男は身体を丸めていた。



「オールマイトと共に過ごすというのはとても辛い想いを強いてしまう。危険が及ぶ事もある。勿論私はなまえを生命に変えても守る。......だが」

俊典さんはそこまで言った後に私から顔を離した。悲しそうな顔をしながらこう言った。

「君が嫌がるなら私は身を引く覚悟もあるよ」


俊典さんはずるい。こんなにも好きになった後にそんな事言われても、拒むことなんてできないのに。私の涙は更に速度を増し、量も増した。言葉に詰まり私は両目を強く閉じた。今の私はメイクも崩れボロボロの顔をしていることだろう。



「ずるいです」
「うん」
「私のあなたへの気持ち知ってるくせに」
「うん」


困ったように笑いながら彼は答えた。そして私の顔をむにっと大きな両腕で挟んだ。


「なまえ」
「はい」
「いまから私、またずるい事を言うけどいい?」
「それ言う前に聞くんですか」

ああ、そんなに頬を挟むと鼻水出ちゃうじゃない。こちとら女子力高めようと毎日励んでるのに、あなたは知ったこっちゃない。


「私とお付き合いしてくれる?」
「今更ですか」
「うん。こんなおじさんでもいい?」
(ほんとにずるい、この人)



彼はいたずらっ子のように右口端をあげた。この顔はもう私の答え、分かってるじゃないの。彼の思い通りになるのがちょっとだけ悔しくて、私は目をそらした。


「確かに、俊典さんはおじさんです」
「Hey、傷つくなぁ、で。どうする?」
「分かってるくせに」
「なまえの口から聞きたいな」
「もう。」


彼の両手を引き剥がし俯きながら答えた。


(ずっとお側にいさせて下さい)




小声で答えた後、くるっと俊典さんに背中を向け冷蔵庫へと向かった。後ろで金髪の大男がえ?何今のプロポーズ?等と浮ついた声で言っているのが聞こえるのを無視しながら。



「いいから早くシャワー浴びてください!その間に簡単なものでよければ用意しときますから!」
「私1人じゃ入れない」
「甘えないでください!」


目を合わさずに会話をしヒラヒラと右手で彼をあしらった。確かに包帯だらけだった俊典さんの身体から想像するに本当に手伝って欲しかったのかもしれない。だが今の私には彼の顔をまともに見れる自身はなかった。




「今日はなまえ泊まるかな!どうかな!」



謎の独り言を吐きながら俊典さんはバスルームへと消えていった。



(ずっと、なんて、軽かったかな)



冷蔵庫からモッツァレラチーズを発見し取り出しながら、私は頭のなかで呟いていた。No.1ヒーロー。彼の重圧は計り知れない。私に出来る事は何なんだろう。彼を支える、その現実に1週間後には悩まされるなんて、今は思いもしなかった。