「ねぇ。
俊典さんは今までどんな恋愛してきたんですか?」
2人でなまえが入れてくれたアールグレイティーを飲みながらソファに腰掛けていた。彼女は私が何も言わずに家を出たにも関わらず、帰りを待ち続けてくれていた。この人を守りたい。そう思った。平和の象徴たるもの、優先順位をつけてはならない、それでも。愛おしくてたまらないこの人を手放したくない。
「それは仕事としてきいてるの?」
「.....イジワル」
「HAHAHA」
彼女の質問に私は遠い記憶を呼び覚ましていた。私も男。そして彼女よりも1回り以上長く生きている。過去に女性との付き合いが無かったわけではなかった。しかし、何人もの女性を相手にするほど器用でもなかった。過去に愛した1人の女性。どう語ればよいものか。
「私の以前お付き合いしていた人は、私に愛想をつかしてしまったんだ。」
「振られたってことですか、信じられない」
なまえは大きく目をぱちくりさせながら私の顔を覗き込んだ。私は目を細めながら話し始めた。
「あの頃はまだ駆け出しだったし、ヒーローである事を優先しすぎて彼女の事を蔑ろにしてしまった。まあ、自業自得な結果さ」
なまえは押し黙った。俯きながらゆっくりと瞬きをする。長い睫毛が影を落とした。部屋には彼女の希望で私の好きな古いジャズが流れている。何年も前に流行ったジャズだ。あの人と聴いたこともある。あの頃の私は若かった。中身も今より未熟だった。オールマイトである以上外出もなかなか出来ず休みも全て返上してヒーロー活動に明け暮れた。あの人が横にいてくれるのが当たり前だと勘違いをして。
「あ、今前の彼女のこと考えてたでしょう」
「...まあ、そうだね」
「美人だったんだろうな」
「....うん、綺麗な人だった」
「.........」
自分で聞いておきながら、1人で落ち込んでいるなまえに私はついつい笑ってしまった。彼女は鼻をかきながら目をそらした。ああ、こういうところが、私は好きなんだ。
「私の目には君しか映らないよ」
「なんなんですか、もう。」
全盛期より、痩せこけた上に身体の心配もかける。私がなまえに残せるものは少ないかもしれない。だが、彼女がそれでも側にいてくれるというなら。今まで後継を探し育て上げる事が使命だと思っていた。
「なまえ。私の話も聞いてくれるかい?」
「なんですか?」
「夢ができたんだ。この歳だけどさ」
「夢?」
なまえは首を傾げ人差し指を唇に当てる。彼女の入れてくれたアールグレイを飲み干す。喉に程よい苦味と香ばしい香りが通り抜ける。私は彼女の頬をさすり微笑んだ。
「なまえを幸せにする。したい。それが私の夢」
なまえも、自身の紅茶を飲み干し真っ直ぐ私を見てこう答えた。
「はい。私八木俊典に幸せにされます」
ドヤ顔で笑窪を作る彼女が愛らしくて、思わず抱きしめた。おデコ、瞼、頬、首。気づけば、私はキスの嵐を降らせていた。
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天気は晴れのち曇り。
俊典さんの腕まくらで目を覚ます。朝日が彼の黄金の髪の毛をキラキラと照らす。5月上旬、まだまだ朝は肌寒い。だが私の心はとても暖かかった。
(はあ、しあわせ)
彼の頬にキスを落とし、私はベッドから降り立つ。コンタクトを付けにバスルームへと向かうと、胸元に沢山の赤い跡が目に付いた。俊典さんはいい女は首にキスマークなんか付けて見せびらかしたりしない。そう言って服でギリギリ見えない場所に自身を主張させた。私は昨晩の情事に思いを馳せながら目を閉じた。
「何ひとりでにやにやしてるの?」
びくっと肩を上げ振り向くと、目を擦りながら俊典さんが立っていた。目を合わせて2人で微笑み、朝の挨拶をする。2人で迎える朝。2人で立つキッチン。
「俊典さん、今日の予定は?」
「今日は職員会議なんだ」
「オールマイト先生も大変ね」
「なまえは?」
「私は有給取ってるので、今日も休みです」
実は私は転職を考えていた。オールマイトからスクープを取る。ずっとそれだけを求めていた私だったが、仕事に対する熱意が一気に消沈してしまった。何故ならばオールマイト、俊典さんが苦しんでいる姿や、ヒーロー活動をしている姿を見ていられなかった。満身創痍の彼をどうして世に晒せようか。ただ、私が転職をするなんて言うときっと俊典さんは反対するだろう。
「私、今日は帰るの何時になるか分からない」
「はい、私も今日は家に帰ります」
彼は少しさみしそうな顔をして、私にキスをした。今日は帰って、転職の準備でもしよう。俊典さんがスーツに着替え始めたので私は今朝使ったお皿やマグカップを食洗機にかけていた。
「ありがとう」
「ネクタイ。」
「ん?」
「曲がってますよ」
私は彼のネクタイをとり、自分の首にかけて結び始めた。長さはこれくらいかな、と呟き彼の首に戻す。
「はい、できた」
「まるで新妻だな」
俊典さんを送り出した後、私は新妻気分で洗濯をし、干した後お昼頃俊典さんの家を出た。
−−オールマイト殺害を企んでいた模様−−
交差点の大画面に映し出されるニュースに、耳が痛くなった。私もああやって伝えていたのだ。オールマイト。秘密の多い孤高のヒーロー。恐らく彼は彼自身を狙ったヴィラン連合よりも、自分が原因で周りが怪我を負ってしまった事に腹を立てている。いや、傷ついている。
(もう、あの人を解放してあげて)
やはりそれは私的な我が儘なのだろう。どの大通りでも大きくニュースに取り上げられている為、無意識に避けていたのかもしれない。私はいつもと違う小さな路地を通っていた。
「あれ、いい玩具みつけたかも」
冷たく渇いた声が聞こえた時にはもう遅かった。運良く今までヴィランから襲われた事なんてなかった。幸せ絶頂だった私の悪夢は、ここから始まった。
気が遠くなる前に、脳裏を横切る俊典さんの笑顔。
幸せ絶頂、悪夢一歩手前。