私は久しぶりに棚からスコッチを取り出しグラスに注いだ。1口含むとスモーキーなフレーバーが広がる。
周りには下戸で通しているが、実はアルコールは好きだ。何年も前に身体に不調をきたしてから控えてはいるが、なかなかやめられないものだ。量を摂取すると確かに動けなくなってしまうので、飲む機会は限られている。
だが、今日はどうしても飲みたい気分だった。



「どうしてしまったんだろうな、私は」



カランとアイスが音を立てグラスの中で崩れ落ちる。肘を頬についてチクチクとした感触がするアゴを撫でた。パサ、と自身の横髪が鼻先にかかる。夕日が差し込み光がゴールドの髪の毛に反射する。
彼女が触れた場所。
私が彼女に触れた場所。
思わず抱きしめた彼女は、予想以上に華奢で繊細だった。気づいたら体が先に動いていた。彼女が私にそうだったように。


(全く、私はあっという間に彼女に夢中になってしまった)



獣のように本能に従い彼女の自宅にまで押しかけて。落ち着きを取り戻したと思えば相澤くんの顔を見た途端に内側からこみ上げてきた感情を抑えることに必死だった。それは神さまがしくんだ黒いスパイス。歯車がここで噛み合わなければ私の中でこの思いは進展しなかった。


(私も、腐っても男だな)




グラスを揺らしカラン、とアイスを崩す。自身の手によって崩れ落ちたキラキラと光を反射させるアイスを覗けば、そこにうつっていたのは疲れきったヒーロー。これが現実だ。私は未だにヒーローであろうと、すがりつづけている。そんな私は、彼女を私の手で崩しても良いのだろうか。
いや、そんな訳はない。だが崩したい。彼女に触れてみたい。
己の欲求を抑えることができるだろうか。


(私の本心は、どこにあるのだろうか)



残りのスコッチを飲みほした。喉にじわじわと独特の熱さが広がる。私はグラスをキッチンに運び、ため息をつく。我にかえれば周りはうすぐらくなっていた。




「そろそろ何か食べないとな」



1日は早い。歳をとってから更に1日、1週間、年月の早さを感じるものだ。レウくんの年頃だともう少しスローに感じるのだろうか。
私は冷蔵庫に向かい中身を物色した。男料理といってもそれらしいものは作れる。その理由は以前同居していたある女性にあった。もう何年も前になる。
手前にある生ハムを手に取り目を細めた時、大きな着信音で意識がスマートフォンに向いた。画面にはレウくんの名前が表示されている。


「もしもし、八木です。」
「お疲れ様です、レウです。」
「あぁ、どうしたんだい?」
「私、八木先生の事ばかり考えてます」
「.............」



あまりの直球に言葉を失ってしまった。私が彼女に夢中になってしまっているのは確かだ、だが、レウくんは私の事を知らなさ過ぎる。彼女が私の過去を知っでも尚、私に同じ言葉をかけてくれるだろうか。



「私は、八木先生の事、もっと知りたいです。」
「....さっきお別れしたばっかりだけどさ、うち、来る?」
「え?」


今日でなくても、よかった。
はずだ。
だが今日でなくてはダメな予感がした。
なぜなら。
私も男らしく覚悟を決めなければならないのかもしれない。男は真っ直ぐであれ、お師匠様にもそう言われたな。




「近くまで迎えに行くよ。どのみち住んでるところ近いしさ」
「わかりました、準備するので家を出る時連絡します」
「ああ」


それから程なくして、レウくんは私のマンションのエントランスまで到着した。彼女は今朝と変わらず髪の毛はダウンスタイル。少しだけナチュラルにメイクを施していて、ワイドパンツと彼女らしい気取らない服装だった。



「呼び出してすまないね」
「いえ、私が来たかったので」


彼女をリビングに通し、ソファに腰掛けてもらった。もう夜なので、カフェインレスコーヒーを用意しようと私はキッチンへと向かう。横目でレウくんをみやると、彼女は目をクルクルさせながら表情を変えていた。
オールマイトカラーのマグカップを片手に、私は彼女の隣に腰掛けた。ちょうど膝がぶつかるかぶつからないかの距離がもどかしい。


「オールマイト宅に、きちゃってるんですね、私」
「なんだよそれHAHAHA」
「嬉しいです。」
「ありがとう」
「呼んでくださったって事は、お伺いしても、いいんでしょうか」
「.....ああ、そうだね、」



私は彼女が一番気になっているであろうことを話し始めた。彼女の顔に書いてあった、私に聞きたかったであろう事。
遠くを見ながら私は口を開いた。


「私は以前生活を共にしていた女性がいたんだ」




"私はあなたをサポートしたいの"



彼女の熱意に根負けした形で生活を共にし始めた。ナイトアイと同じく私のサイドキックとして行動しており公私共にサポートする形となった。
水を司るヒーロー。体内の水分を操ることができた。華奢で向日葵が大好きでいつも笑顔を崩さない。それが彼女に惹かれた大きな理由。
料理はその際に覚えたのだ。彼女が作るメニューは実に美味かった、手伝うのは自然な事だった。


「私拝見したことないです、その方」
「彼女は表舞台に出るのを嫌っていたからね」



しかしその日々は突如として終を迎える。ナイトアイの調査で彼女がオールフォーワンのスパイである事がわかったのだ。
彼女の優しさ、温もり、暖かい肌。
全て、情報の為だった。
彼女がスパイであるという事実は私の精神を大いに消耗させた。スパイと露呈した途端彼女は姿をくらましナイトアイの情報網を使っても捕らえる事は出来なかった。
最後に見た彼女の顔は、向日葵のような暖かさはなく、冷たい表情だった。
ヒーロー間の出来事なので勿論箝口令がしかれ警察内でも皆口を固く閉ざしマスコミに出ることもなかった。





「重い、だろ」
「....」
「我ながら女々しいよ、引きずってる訳じゃあないんだが」

全てを話し終えてから彼女の顔を見つめた。彼女は、驚いた事に涙をいっぱいにためた瞳をこちらに向けていた。




「レウくんが泣くことないだろ」
「だって、ずっと1人で抱えるには重すぎるでしょう。何でもっと早く頼ってくれなかったんですか」
「ごめんな」
「.....」
「言いたくなかったんだ。君はオールマイトのファンだったから」



レウくんの横に腰掛け、私は彼女の涙を拭った。眉毛をハの字にして鼻をすする彼女に私の中の何かがプツン、と切れた。
華奢な身体を己の腕の中につなぎとめ、まるで大事なものが潰れないように抱きしめた。


「君が背負うには重すぎるんだ」
「....」
「私の過去も....未来も」
「それでも!」



急に声を荒らげたレウくんが私の顔を見上げた。ぬぐっても拭っても、彼女の涙は止まらない。拳一個分あいていた互いの膝がぶつかる。


「それでもいいんです。私にその重みを半分と言わず全てください」
「....でも、君が好きなのはオールマイトなんじゃ..」
「違います!私が好きなのは..」

そこまで口に出すとレウくんは我に帰ったらしく左手で口を覆った。
あぁ。もうだめだ。



「続き、聞きたいな」
「..恥ずかしいです」
「最後まで言って欲しい」



私は彼女の左手を優しくはらい、己の右手で彼女の頬を撫でた。
もう止まらない。私のものにしてしまいたい。



「私は...八木先生が..好きになっちゃったみたいなんです」
「うん、それで?」
「..え?それで?」




もう、
いいだろう?
私のものにしてしまっても。
目の前にいる女性は、私を求めてくれている。
オールマイトではなく、八木俊典を。




「ちゃんと了承得たからね」




小さくレウくんの耳元で囁き、熱く熱く、彼女を何度も抱き潰した。
久しぶりの感覚に私は大人気もなく果てた彼女を更に果てさせ、時間を忘れて彼女と愛し合った。


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向日葵の逸話。
太陽神と関係を持った水の妖精クリュティエは、嫉妬に溺れ罪を犯し、太陽神から見放されてしまう。
振り向いてもらえない代わりに大地で涙を流し続け花になった。
恋焦がれ続け常に太陽に顔を向けているその悲しい花の名前は向日葵という。





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