「....おいしい」
「お口にあってよかったよ」


私が八木先生にもてなすはずが手伝うと腕をまくるのでお願いすると、悲しいことに私なんかよりも相当料理の腕がよかった事実が判明した。




「どこでそんなにお料理の技術習得されたんですか?」
「...ああ、たいした腕じゃないんだけど、昔手伝いがてらちょっとね」
「手伝い?」
「うん」



本当はその先が気になって仕方がなかった。喉元まで聞きたかった質問がでかかっていたのを、八木先生が伏し目がちに言葉をつぐんだ為私は何も聞けなくなってしまった。彼にはきっと私の知らない過去がいくつもあるのだろう。
オールマイトとしては何年も知っていても、八木俊典という男性がどう生きてきたのかについては私は何も知らないのだ。
そう思うと、私も閉口してしまった。

テーブル上に彩りよく並べられたカプレーゼ、八木先生が作ってくれた和製パスタ。男料理にしては出来がよすぎる。手伝い、というのは誰の手伝いの事だろう。思考を巡らせるうちに、私には霧がかった奥に八木先生と並ぶ女性がみえた。


「相澤くんはよくああやってレウくんの家に来るのかい?」
「えっ?」



勝手に落ち込んでいた私に思いもよらぬ質問が投げかけられた。コーヒーはうちで調達して行きますね、等とそれとなく返した私を八木先生は真っ直ぐ見つめた。
一点の曇もない青い瞳。照れくささからその瞳を見つめ返すことが出来なくなってしまった私は目を泳がせた。最早どこを見たらよいのかもわからない。
全裸を見られた時よりも今の方が恥ずかしいから不思議だ。


「あ..あの」
「レウくんは鈍感なとこあるね」
「え!どういう意味ですかそれ!」


泳ぎまくっていた目の焦点を再び八木先生に合わせた。彼はいたずらっぽくにやついていた。これを大人の余裕、というのだろうか。
彫りが深く影になっている瞼を軽く閉じ、八木先生はもう1度口角をあげ椅子をたった。


「ご馳走様」
「食器はそのままでいいですよ」


食後の食器まで直そうとし出す八木先生。
ここでもまた女子力を発揮しようとする彼に私はストップをかけた。全く、どこで誰から覚えたのだろう。



「じゃあそろそろ本当にお暇するね、確か君明日13号の授業補助があるだろ?」
「あ!そうなんです。流石八木先生、他の先生方のスケジュールも把握されてるなんて」
「....うん、まあね、新米教師だし」



真顔の八木先生の表情は分かりづらい。アイホールはほぼほぼ影で覆われているし、頬だって肉付きが悪い。もっともっと彼を知ることが出来れば、感情も読み取ることができるのだろうか。
八木先生は私に背を向け書類をまとめ、クリアファイルへしまい始めた。


(背中、おおきいな)



オールマイトであるマッスルフォームの時に比べると、普段の八木先生はかなりやせ細る。しかしながら元々の骨格がしっかりしているのだろう、彼の背中は広く大きい。腕や脚だって長い。髪の毛だって...

(....髪の毛は?)


見るからに柔らかそうな髪の毛。光沢のあるブロンドは地毛なのだろうか。触れると、どんな感じなのだろう。



「レウくん?」
「あ、すみません」



なんで我慢出来なかったの、私の左手。

あろうことか私は八木先生の髪の毛を手に取ってしまっていた。フワフワとした感触、しかもいい香りもする。



「そんなに、触りたかったの?」



引っ込めようとした私の指先を八木先生が掴む。予想外の反応に私の思考は停止した。視線を指先から八木先生へと向けた。彼は妖艶に微笑みながらこちらを伺っていた。そのへんの女性よりもよほど色っぽい。



「あ、あの...えと..」



私が言葉を発した後か前か、分からないくらいの早さで彼の腕に包まれた。一瞬の出来事なのに、とても優しい抱擁。
瞬時に彼の甘い香りに包まれた。甘いのに、甘くない。フレグランスには疎い私には表現の仕様がない、このまま溶けてしまいたくなるような香り。



「八木..せん..せ?」



最早溶けてしまったのではないかと思わせる私の身体を優しく離し、八木先生は私を見下ろした。彼の身長は2mを超える。やや猫背気味といっても比べると私の頬は彼の胸元よりも少し下あたりにあった。彼の視線に耐えられなくなった私は瞼を下げた。




「まったく、君は周りを夢中にさせる天才だよ」



八木先生は私の頭にポンッと大きな掌をのせ、影に囲まれた奥で目を細めた。ひとつひとつ言葉を発する度に動く彼の喉元が実に官能的だ。初めて夜空をかけた日の夜のように。




「あまりおじさんをからかうものじゃない」




窓から来た八木先生は、ひらひらと掌をふり玄関から去っていった。しばらくの間私は全く動けなかった。

何故、抱きしめられたのだろう。
まだ、自分の胸元に八木先生の香りが残っている。彼の甘い香り。私は大きく深呼吸をした。



(髪の毛に触れるなんて私ただの変態じゃない)



彼が去った後の、見慣れた自宅の扉を見つめる。彼の後ろ姿が、瞳が、ふわふわしたブロンドが脳裏から離れない。左手の指先にはまだサラサラとしたブロンドヘアーの感触が、彼に掴まれた温もりが私の脳に信号を送り続けている。
お前はもう彼の魅力から逃れられないのだと。片思いが楽しいというのは、こういう事なのだろうか。
私は彼に触れられた指先、頭を順番に触れた。



(こんな事だけで胸がいっぱい)




八木先生、
私はもっとあなたについて知りたいです。




夕日に染まるベランダ。
八木先生を送り届けてから私はまだリビングのテーブルにいる。何杯コーヒーを飲んでも頭は冴えない。
先程の出来事は期待を持ってもいいのだろうか。だがやはり彼の後ろにちらつく女性の影。今までは全く見えてこなかったのに、知れば知る程紐解ける彼の秘密。
彼の気持ちは、どこへ向いているのだろうか。思えば、付き合っている方はいるのかと聞いた時も秘密と答えていた。ならば私を抱きしめるだろうか?
頭の中はぐるぐると堂々巡りを続けている。
こんな気持ち、いつぶりだろう。


"あまりおじさんをからかうものじゃない"


(もう何年かすれば三十路よ私)



八木先生は私を子供扱いしているのだろうか。子供扱いされるのもいつぶりだろう。そう、消さんを覗いて。



カーテンから差し込む夕日がだんだんと部屋の奥まで届いてきた。眩しさに瞼をきつく閉じ、残り一口だったコーヒーをすすった。
もう何杯目かわからないカプチーノはやはり私の脳を冴えさせてはくれない。





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