「終わったーー!」
私とかのトップヒーローオールマイトこと八木先生は多目的室Aで卓上に突っ伏していた。
「これで後は校長先生達にバトンタッチ。私達はようやく解放されるね。」
キラキラしたブロンドを大きな左手でかきあげながら八木先生は口端をあげる。だが達成感と共に私を襲ってきたのはなんだか寂しい気持ちだった。
「なんだか嬉しくなさそうだね」
この人には会う度に驚かせられる。今まで何千人と数え切れない人々の生命を救い気遣ってきた男だ。他人の些細な変化にもよく気付く。
「あぁ、少し寂しくなってしまって。」
もういい歳なのに、私も。
そんな事を考えていると、彼は左手で顔を多いククク、と笑い始めた。
「まったく、おじさんは夢中だよ、コトエに。週末時間あるかい?」
急に名前を呼ばれた事に私の胸は高鳴った。先日の熱い夜にしか呼ばれていなかった私の名前を、サラッと出してくる。歳上の余裕とはこういう事なのだろうか。
「ちょうど週末野外シネマがあるんだ。屋台もでるしレジャーシートをひいてゆったり過ごさない?ブランケットや温かいコーヒーなんかも持っていってさ。」
彼の申し出はとてもロマンティックなものだった。私はそんなお洒落なデートをした事がない。彼は今まで付き合ってきた女性ともそんなデートを重ねてきたのだろうか。騙されたとはいえ前の彼女はとても美人でいい女だったのだろう。
「お疲れ様です」
八木先生はまだオールマイトとしての仕事があるらしく私は先に学校を出た。
-----------------------------------------
私って、八木先生につりあうのかしら。
八木先生と呼んではいるが彼はオールマイト。世界中の人々、ヴィランでさえもその魅力に惹き付けられる。
そのNo.1ヒーローと人生を共にするとは想像もつかない苦難が待ち受けているのかもしれない。
私が若ければそんな事乗り越えられる!なんて思えただろうが、私も若いとは言えない。
(八木先生は、、オールマイトは私みたいな平凡な女でよいのだろうか)
No.1ヒーローといえど人間。一時の激情に流されてしまうこともあるだろう。先日の行為が勢い余って起きてしまった間違いだとしたら?
彼は優しい。優しすぎるために責任を取ろうとしているのではないか。
辺りは暗闇に包まれていた。街灯が寂しく私をライトアップする。
いやにネガティブ思考な自分に多少苛立ちを覚えとぼとぼと歩いていた脚を早めた。その時だった。
「ごめんなさい!」
ふわりとしたホワイトフローラルの香り。
見とれてしまうほどのぱっちりとした瞳。
大きな黒目でこちらを覗き込む女性は私が落とした鞄を拾い丁寧に差し出してきた。
急に歩幅を広げたためか私はこの女性とぶつかってしまった。大して痛くもなかったのだが彼女は自分のせいだとペコペコ頭をさげた。
「いえいえ、わたしもよく前を見ていなかったので、すみません。鞄、ありがとうございます。」
彼女は私に鞄を渡そうとしたが、その手を止めその大きな目を潤ませながらこちらを見つめてきた。
「鞄に付いてたチャームが壊れちゃってます...本当に申し訳ありません!弁償します!!」
低く頭を下げ震えている彼女に、私は頭を上げてください、と彼女の肩に触れた。
確かにそのチャームは大事にしていたもので、雄英高校教師着任時に消さんからの頂き物だった。しかし壊れてしまったものは仕方がない。
「弁償なんて。気にしないでください。」
そう伝えても何かお詫びをさせてくれと言うので困り果てていたところ、彼女はこう言った。
「わかりました!なら1杯奢らせてください!それならいいでしょう?私女ですし危険もないですし!」
彼女に根負けする形で結局そのまま近くのカフェバーに行くことにした。彼女の言う通り相手は女性。危険でもない。そして何よりセンチメンタルな気分を払拭する為にアルコールが欲しかったのは事実だったからだ。
「ありがとうございます!とはいえ私もこの辺りは引っ越してきたばかりなので、オススメのお店ありますか?」
えへへ、とふわりと笑う彼女はとても柔らかいオーラを纏った人だった。
その笑顔は、そう。
まるで向日葵のようにあたたかく明るい笑顔。
男性はみな彼女のような女性が好きなのであろう。一緒に飲めば何かあやかることが出来るかもしれない。
妙にオバサンじみた考えを持った自分に失笑しながら、ミッドナイトさんとよく行くカフェバーに向かった。
「ということは、コトエさんは私と同い年ですね!」
「ええ!!てっきり20歳そこらかと、、とても若く見えました。」
「私童顔なので、ふふ」
彼女は名をクルミと名のった。
聞けば近くのチェーン店で展開しているお花屋さんの社員さんで、異動してきたそうだ。
「クルミさんは可愛いからモテそうね。私もその女性らしさにあやかりたいわ。」
「何言ってるんですか!コトエさんの方が大人っぽいしクールビューティ、ってイメージです。彼氏さんいるんでしょう?」
いつの間にかお酒は進み、お互いの事を話し続け意気投合してしまっていた。
同い年の女友達ってこんな感じなのかな。職場は歳上か歳下のどちらかだし、久しぶりに同年代と気を遣わずに話せた気がした。
「私少し御手洗いってくるわね」
「大丈夫?コトエさん飲みすぎちゃったんじゃない?」
「大丈夫よ、ありがとう。」
御手洗に行き鏡を見ると、クルミさんに比べて化粧っ気のなさに驚いた。この顔で八木先生に会っていたのね。
はあ、とため息をつき元いた席へと戻った。
「コトエさん、チェイサー頼んでおいたわ、どうぞ」
「ありがとう」
冷たいお水が喉を通る感覚が気持ちいい。私の前でニコニコと微笑んでいるクルミさんに私も微笑んだ。
「もしかして、疲れていたんじゃない?」
「えぇ、でも仕事が一段落ついたから今日クルミさんがお酒に付き合ってくれて助かったわ、いい気晴らし...に..。」
やはり疲れていたのだろうか。
急に意識が遠くなり、私の記憶はそこで途切れた。
頭の奥でクルミさんが私の名を呼ぶ声がエコーする。
彼女の高い声と、鼻腔をかすめるホワイトフローラルの香りだけが微かに感じられ、そのまま視界が真っ暗になった。
← | →novel top