頭が痛い。
それはもう、ひどい頭痛。
頭がくらくらする。
ハッキリとしない視界を凝らし、
ようやく前が見えてきた。
服、着てる。ベッド、自宅のもの。
記憶は無いが私は帰宅し自分のベッドで休んでいた。
(久しぶりに記憶失うくらい飲んだなぁ)
昨日の散り散りになった記憶のピースを集めながら私はリビングへと向かう。
そうだ。
昨日は道端でひょんなことから出会ったクルミという女性とバーで飲んでいたのだ。2人とも同い年で、意気投合して、それから、、、
「どうやって帰ってきたんだろう」
コーヒーを入れソファに向かった。テーブルには私の鞄とスマホが丁寧に置いてある。スマホをみやると新規メッセージが4件。
1件目は消さん。先日貸したコーヒー2杯分を返すから都合のいい時に取りに来いとのこと。
2件目はクルミさん。
どうやら昨晩、酔いつぶれた私を介抱してくれ、悪いと思いつつも鍵を探して私を自宅まで送ってくれたそうだ。
目が覚めたら二日酔いだろうから、いい薬をベッド横のサイドテーブルに置いておいたと文面にあった。
ベッドルームを除くと確かに2錠の錠剤が置いてあった。
(いつ連絡先を交換したのかも覚えてない)
いったい何を飲んだのだろうか。
再びリビングに戻り残りのメッセージをチェックする。残り2件はオールマイトこと八木先生からだった。
"おはよう。
野外シネマの件なんだけど、
夕方17時に迎えに行くカタチで大丈夫かい?"
愛らしいウサギのスタンプと共に送られてきたメッセージは、デートの詳細だった。そして思い出した。私が昨日ムシャクシャしてお酒を飲んだ理由を。
彼につりあうか否か、それが私をなやませるタネだ。
少し気晴らしになればと思っていたのだが、記憶をなくすまで飲むなんて自分が思っている以上に気にしていたのだろうか。
その時着信音が私の意識を捉えた。
それは知らない番号。出てみると、クルミさんだった。
「おはようございます!頭痛します?大丈夫ですか?昨日は酷く酔われてたので。メッセージにも入れましたが勝手に部屋に上がってしまいすみません。」
「いえ、送ってくれてありがとう。ご面倒をおかけして私の方こそのごめんなさい。」
全く気のきく女性だ。私もこういったところを見習わなければならない。
「それでコトエさん、昨日聞いてた彼のお話だけど、八木先生っ?て言ったかしら。次のデートはいつなの?」
名前まで私は話していたのか。その事実に驚きを覚えつつも、正直聞いて欲しかった気持ちもあった。
野外シネマに行く件について彼女に話してみると、あなたはもっと自信を持つべきよ。と背中を押してくれた。
彼女との電話をきり、少し気が楽になった私はシャワーを浴びてから消さんの家に向かった。例のコーヒー2杯分のお返しとやらを貰いに。
「よぅ。」
「こんにちは。」
消さんは相変わらず黒いTシャツに黒いスウェット、そして無精髭。最早トレードマークでもあるそのスタイルで私を出迎えた。
彼はまっすぐキッチンへと進み、珍しい袋を手に取った。見たこともないがパッケージがただただオシャレ。淡いブルーとブラックの薔薇が描かれた包装紙で包まれているそれは、なんとも香ばしい香りを立ち上らせた。
「お前こーいうの好きだろ」
「先輩さすがっす。」
「まとめ買いしたからひと袋やるよ」
「えぇ!!優しいじゃん消さん」
「まとめ買いのが安くて合理的だったんだよ、味見してくか?ちょうど湯沸したとこだ」
この人は見かけによらず優しい。きっと結婚する人はとても幸せだと思う。消さんがコーヒーを入れてくれているのを横目に私はリビングの椅子に腰掛けた。彼の後ろ姿を見守りながら私は頬杖をつきため息をはく。
「どした?」
消さんは香ばしい香りを放つマグカップを私に差し出し、向かいに腰掛けた。そして静かに私が話し始めるのを待っている。この人はいつもそうだ。私のオチもない話をいつも聞いてくれる。本日2杯目のコーヒーを1口飲み込み、私は話し始めた。
「そのクルミとか言う女。におうな。」
「それはそれはホワイトフローラルのいい香りだったけど」
「バカ。気ぃつけろ。」
いつも必ず私の納得できる言葉を返してくれる彼が、珍しく今日は私の欲しい答えどころか論点が違う。
「お前はお前のままでいることが付加価値なんだよ!」
「前も同じような事いってたー」
「そういうことだ。さぁ帰った帰った俺は忙しいんだよ」
消さんは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、そのまま背後に立ち私の頭を自身の胸元におさめた。
瞬時に彼の香りに包まれる。フレグランスなんて使わない彼は、柔軟剤の香りを纏っていた。私は以前ベッドで起きた消さんとの口づけを思い出してしまい、急に恥ずかしさを覚えた。
「消さ、、ん、あの、」
「おら、変な勘違いせずにさっさと帰れ。それとも俺のペットになるか?」
「ペッ!ペットって!?」
いつもの兄妹のような会話に戻った事にほっとし、私は自宅へと戻った。少し気になったのは、消さんの胸元に収まった時。彼の心音が波打っていたのを感じたことだ。
子供の頃から兄妹の様に育ってきた。恋愛感情を持つはずもない。もしそうだとしたらこんなに辛いことは無い。今の兄妹関係を崩したくないのだ。考えを巡らすと不意に涙腺が刺激された。
私はこの泡沫のような出来事をそっと記憶の隅にしまう事にした。
「もしもし。あぁ、今大丈夫??美味しいワインが手に入ったもんだからさ、」
「なんでそんなにタイミングがいいんですか。」
「???」
めまぐるしく立て続けて起きた事に、私の脳はパンク寸前だった。結局、この人に帰ってきてしまう。私は八木先生宅に向かった。
先生はオールマイトとしてのテレビ番組の台本をチェックしていた。そう。八木先生はオールマイト。私がお付き合いしているのはNo.1ヒーロー。
彼は私が来ると台本を丁寧に鞄の中へ直し、手に入れたというワインとグラスをそそくさとテーブルに並べ始めた。
ワインは私の好きな白。
グラスに注ぎ終わった後、おもむろにこちらへグラスを差し出して私の顔を見つめた。
「ねぇ、もしかして私なんかNo.1ヒーローとは釣り合わない。なんて思っちゃってる?」
「・・・・・え!」
「顔に出てるよ」
八木先生は1口ワインを飲み込み、1人でうまい。と頷いた。そのまま私が座っているソファに腰掛け、何を考えているのか長い両手を広げ、肉付きの悪い胸元をこちらへ向ける。
「おいで」
「わ、私もうそんな歳じゃないんで」
「いいから、本当はこうしたいんでしょ?ほら」
照れながらも私は彼の胸に飛び込んだ。ゴツゴツした両手で抱きしめてくれる八木先生はネロリやブラックペッパーの混ざりあった落ち着きのある香りがした。
「落ち着きます。」
彼の腕に包まれているだけで悩んでいたことがちっぽけに見えてくる。初めからこうすればよかったのだ。回りくどい事なんて必要なかった。
「そのままで聞いてくれる?」
「はい」
八木先生は私を抱きしめたまま、耳元で話し始めた。これでは顔が見えない。
彼の心音だけが鳴り響く。
「きちんと伝えてなかったけど」
「はい」
「私とこれからの時間を共有してほしくてさ」
「...へっ?」
耳を疑い彼の顔を見上げようと首に力を入れるが彼がそれを許さない。
強く、が苦しくない程度の絶妙な力具合で私を抱きしめたままの彼の耳は少し赤くなっていた。
それを見た私は、ふっと肩の力が抜けた。この人は普通の人間なのだ。1回り以上年下の私に照れたりもする程の。
「ふふ」
「あ、笑ったね?」
「八木先生って意外とシャイなとこもあるんですね」
「こんなこと酒でも飲まないと言えないよ、こんな歳だし」
「へ〜。」
「あ!でも決して酒の勢いとかではなくて本心だよ!」
「はいはい...わっ!」
八木先生は抱きしめていた私の腕を解きその勢いで私をソファに押し倒した。私の顔は先程に負けず劣らず赤面していることだろう。
「このまま止められなければキスしちゃうけど?」
つい何分か前まで耳先を赤くしていた純粋な八木先生はどこへ言ってしまったのだろう。最早大人の顔へと変貌している。
「あ、八木せん...せ?」
「その呼び方、やめない?」
「へ、あの」
「俊典。そうよんで。」
「とし...」
ずるい人。
私が彼の名前を呼び終える前に私の唇は彼によって塞がれた。
人間とは単純な生き物だ。
あれだけ憂いていた時間を物ともせぬこの甘い時間が、一番の特効薬だったなんて。
くるみさんに聞かれたらきっと笑われるだろう。
そうだ。彼女の話も八木先生にしよう。いや、俊典さんに。
でも、その話は、またあとで。
「コトエ..コトエ...」
最中に聞こえてきた彼の言葉は泣きそうな震えた声だった。俊典さんは想像以上に人間味溢れる人物なのかもしれない。最高にクールなヒーローである時もあれば、若い少年のような無邪気さや脆さも兼ね備えている。
私は大丈夫、大丈夫と彼を抱きしめながら、彼の名を、俊典さんの名前を何度も呼んだ。
こうして私は神さまと快楽へ落ちていった。
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