私はアラームがなり始める前に停止ボタンをタップした。
昨日は今日の野外シネマが楽しみでほとんど眠れなかった。何歳なんだ全く。いい歳して。脳を少しでも覚まそうとこめかみをマッサージしたりして必死に瞼を持ち上げた。


「とりあえず、コーヒーでも飲むか」


私はコポコポと心地よい音をたてコーヒーメーカーが香ばしい香りを漂わせているのを横目に、洗面所へ顔を洗いに行った。


「うわ!ニキビできてる。」
(いや、吹き出物?..せっかくのデートなのに縁起悪い)


思えばオールマイト、俊典さんとディナー以外できちんとどこかへデートをしに行くのは初めてだ。
この年甲斐にもなく久しぶりのデートに浮き足立っていた私は、今日という日が終わりを告げる頃どん底にいるとは思いもしなかった。



「おはよう。ってもうすぐお昼だけど」
「おはようございます。わざわざすみません、迎えに来て頂いて」
「HAHAHA!エスコートはさせてくれよ、キミ、そういうの嫌がりそうだからさ」
「はい、なんだか恥ずかしいしこの辺りがムズ痒いです」


私が自身の胸元に手を当てると、俊典さんは私の手を掴み文字通り車へとエスコートした。
車には詳しくないのでよく分からないが、高そうな外車のようだった。
初めて座るフカフカのシートにドキドキしながら助手席でシートベルトを締める。

「じゃあ、行こうか」


バックサウンドにはジャスが流れていた。2メートルもある大柄の彼が聞くのは、驚いたことに静かに流れるジャズ。曲はミックスされてるようで、知らない曲もあれば知っている曲もあった。


「あ、ノラ・ジョーンズだ。俊典さんが聞くなんて意外。」
「あまり食わず嫌いしないように色んな曲を聴くようにしてるんだ。うるさいのはちょっと苦手だけど」


流れてきた曲はTurn me on。静かだけど熱いラブソング。彼が聞いていると思うとなんだか可愛く思えてくる。
しっとりとしたサウンドに力強いが心地よいノラ・ジョーンズの声が響く。


(花開くときを待っているつぼみのように
真っ暗な部屋の電球のように
私はあなたを
ただ座って待っている
あなたが家に来てくれて
私に火をともしてくれるのを)


私は以前この受け身的考え方である歌詞があまり好きになれなかった。どちらかといえば私は姉御肌と言うよりかは弄られるタイプだし、根に持つというよりはサバサバしているとよく言われる。
静かに帰りを待っていられる女性だろうか、と自分に問うてもそれは違うと言いきれる。
だが久しぶりに聴いたこの歌詞に、私は自身を重ねていた。
ナンバーワンヒーローであるオールマイトと共に生きると言うことは、そういう事だ。
ただ、ひたすらに、静かに、彼の帰りを待つ。彼がボロボロになって帰ってきてもいつでも帰ってこれる場所であり続ける為に、待ち続ける。


好きだけではずっと一緒には居られない。
それを考える様になったのは大人になったからであると捉えて良いのだろうか。



「ねぇ、俊典さん。俊典さんのタイプの女性ってどんな人ですですか」


彼はこちらを見ないまま眉をピクっと動かした。そして息を吐くように笑った。


「コトエは面白い事をいうね。私はいつだってコトエに惹き付けられている。目をそらす事もできないくらいにだ」
「...え」
「そういう事。おじさんもうこれ限界」


彼はサラッととろけるようなセンテンスを口にしてしまう。だが、私は耳を少し赤くした彼に気づきどうしようもなく愛おしくなってしまった。
当の本人は車の窓を開け駐車場の警備員さんに何か話しかけているようだった。
彼はいつだって答えをくれる。それが答えなのかは定かではないが、私は納得する。納得させてくれる。



「今日はラブストーリーの王道、きみに読む物語をやるんだって。他にもその主演してる女優の作品を何本かやるみたいだね。」
「俊典さんラブストーリー好きなんですか?」
「ああ!ヒーローものも好きだけどこってりラブストーリーも好きさ!あ。私なにか買ってくるよ。なにかリクエストはある?」


野外シネマにはたくさんのケータリングがでている。私は持参したレジャーシートを引いてブランケットにくるまり彼の帰りを待った。
広場中央には巨大なスクリーンにプロジェクターで映像が映し出されていた。予告編が流れ始めたので、俊典さんの姿を目で探した。



「俊典さん、間に合うかな」



探していると、大きな袋にパニーニとコーヒー、そしてお酒を両手に抱えた長身の彼が目に入った。

(お酒私しか飲めないのに)
彼は今日車を運転するのだから。
本当に人の事ばかりに気が向く人。私はクスクス笑いながら彼を迎えた。


「ん?何かあったの?」
「いいえ、何でもないですよ」


私が微笑んでいる理由にクエスチョンマークを浮かべながらキョトンとする姿に、愛おしさを感じてまた微笑んだ。
私たちはレジャーシートに腰を下ろしくつろぎながら乾杯しようと缶を開けた。私はハイボール。彼は辛口のジンジャーエール。
カランと音を立てるはずのグラスを、俊典さんは急に静止させた。
私は彼の視線の先を追った。










「あら。コトエさんじゃない。」





ふわりと香るホワイトフローラル。
聞き覚えのある高い声。




「そして久しぶり、俊典」
「くるみ」





形よく口角が上がった笑顔は
まるで向日葵のように美しく。




瞬時に俊典さんと彼女の間に深い関係があると悟らずにはいられなかった。
俊典さんはまっすぐくるみさんを見つめ、またくるみさんも俊典さんを見つめ返す。
これはドラマならあれだ。
2人にだけスポットライトが当たって外野は暗くフレームアウトするシーン。
勿論私は外野にいた。
私の入る隙なんて、そこにはミリ単位もなかった。





← | →novel top