私は走り続けていた足を止めた。
何が起こったのか、理解しようと脳内をはしるシーンを繋ぎ合わせる。
"真面目にあなたと向き合いたくなった"
私は彼女がオールマイトが過去に愛した女性だとも知らずに彼の話を相談していたのか。頬を緩めながら。
「ほんっと馬鹿な女。」
若き学生時代の記憶が蘇る。あの時もこっぴどく振られて落ち込んだっけ。
私はとりあえず家路に向かおうと歩を大通りに向けた。車で来た距離だ。電車でも乗り継がないと帰れない。
"3番ホームに電車が参ります...."
到着した電車の窓越しに自分の顔がうつる。酷い顔だ。家に帰ってひとり酒でもしよう。
私は最寄りの駅に到着した後とぼとぼと自宅へと向かった。
「なに酷い面下げて歩いてんだ。」
自宅マンションのエントランスで聞き慣れた声がかかった。小汚い様相の男。イレイザーヘッドこと相澤消太だ。
「...なにかあったのか?」
「消さん、1杯付き合ってもらえますか」
タイミングがいいのか悪いのか、彼は兄のように私を迎え入れた。見慣れた彼の部屋は久しぶのように感じる。思えば俊典さんと生活を共にするようになってから、彼の部屋へは自然と足が遠のいていた。座りなれたリビングの椅子へ腰掛ける。
「白か?」
「いや、今日は赤が飲みたい」
酔いつぶれたい気分だった。いつもなら白を選ぶワインも、渋みのある赤を喉へ流したかった。私たちは乾杯もせずに静かに飲み始めた。
「ついに火傷でもしたのか?」
「...そうかもしれません。」
6杯目を飲み干したところだった。私は3本目のボトルを開ける。消さんもいつもならそろそろ、と止めるところ口を閉ざしたままだった。
「だからー!馬鹿な女なんですよ私が!」
もはやこの辺りから記憶が無い。私が目が覚めたのは翌日。横にいたのは俊典さんではなく、兄のように慕っていた消さんだった。
「ななななんで消さん隣にいるんですか!う、頭いたぁ...。」
「自分で潜ってきた癖によく言うぜ」
顔から火を吹きそうだ。いや、それどころか頭が割れるように痛い。飲みすぎだ。完璧に飲みすぎた。
スマホを見ると何件も俊典さんから着信が残っていた。
「あの、、私たち、」
「好きに想像しな」
ベッドに男女が横たわり一夜を迎えるなんて、兄弟でない限り何かが起きたとしか考えられない。
思い出せ、思い出せ。
「とりあえず、帰ります。」
私は消さんの気持ちに気づいていた。そのはずなのに彼に頼ってしまった。学生の頃ならそんな嫌な女最悪だと罵っていた筈なのに、これが大人というものなのだろうか。立ち上がる私の腕を消さんが掴んだ。
「俺じゃ、、、ダメか?」
思考が停止したようだった。
いつも兄のように慕っていた消さん。彼が私にとって男として認識されるのをずっと拒み続けていた。彼はどれだけ辛かっただろう。
「すみません」
私は一言だけ残し玄関へと向かった。
「コトエ!」
消さんの静止の声も聞かずに、同じ階である自宅に駆け足で帰った。自宅のドアを締め、ようやく我に返り泣きながら崩れ落ちた。
「なに、やってんのよ全く.....」
俊典さんからの連絡には結局1度も出なかった。今日は日曜日。私は1日中家に籠ることにした。
「くるみ、さんかぁ。」
向日葵のように柔らかく微笑む彼女。太陽のようなオールマイトとお似合いだ。彼女がヴィランであったとしても彼が愛したのは事実だ。
そして彼女も真面目に向き合いたくなったと言うならば何も邪魔するものは無い。私が間に入る事で2人のラブストーリーを崩してしまうのも嫌だった。
そうか、私はもともとあの二人のストーリーに加えられたスパイス要素だったのか。
「まだあのひとに夢中なのか」
玄関の扉を閉める際に後から聞こえた消さんの声。私は彼の顔を思い浮かべた。
「俺とお前は昨晩なにもなかった。合理的虚偽と思ったがこれは伝えておくべきだと思ってな」
昼過ぎまでぼーっとソファで過ごし、時計が15時半を回った頃スマホを開いたら消さんからのメッセージが届いていた。彼らしいといえば彼らしい。もうこのまま彼の元に走ってしまえばいっそ楽なのかもしれない。
そう思った時だった。
「話したいことがあるの」
くるみさんからのメッセージだった。危うく手からスマホが滑り落ちるところだった。俊典さんからのメッセージは怖くて開いていない。
私はくるみさんからのメッセージをもう1件開いた。
「3日後、あのバーで。」
短いセンテンスで交わされた約束は、私にとって小さな脅迫であり挑戦状だった。次第に空は暗くなり、あっという間に1日は過ぎていく。
「明日、どんな顔して俊典さんと消さんに会えばいいのよ」
よりによって明日が2人で案を出し合った雄英高校入試試験日。私たちからはすでに上層部へバトンタッチされているので前日に特にすることはないが、当日はチェック項目が沢山あるはずだ。
私はまた、眠れない夜をアルコールで紛らわすのであった。
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