「んーー。」
「お疲れ様。」


後ろを振り向くと、八木さんがコーヒーを持ってこちらへ歩み寄ってきた。見るからに大きな掌が私と彼の二つ分のコーヒーカップを抱え、もう片手には大量の書類が握られていた。


「わぁ!八木先生、コーヒーありがとうございます!..........と、書類も.....。」
「うん、書類まだこんなにあるね....。」


私たちの仕事はまだ終わらない。
ここは資料室。八木さんの事は八木先生、と仕事なので呼んでいる。
今日は華の金曜日、、の筈が週末にやろうと決めた入学試験に関する資料がなかなかまとまらない。なんせヒーロー科の入試選考。チェックにチェックを入れ、何度も会議を重ね、最終承認を校長から頂き完成する。勿論私たちの作成したもので決まる訳では無い。
だから時間と労力がかかるのだ。


「少し休むかい?指示をくれたら私1人で続きやるよ。」
「いえいえ!神さまに仕事を押し付けるなんてとんでもない!」
「かみさま?」
「...あ、いえ何でもないです..。」


神さまは衰えたと自身では言っているが底抜けの体力とタフネスを誇る。私なんかが心配しなくてもまだまだ現役といったところらしい。


「だいじょーぶ!私も頑張るから、少し休んでなさいって。クマができてるよ」
「えぇ!クマ?!」

自分でペタペタと顔を触り、私はお言葉に甘えて彼に一通り託し、コーヒーを飲み始めた。あったかい。


「くぅー!長い道のりになりそうだな!」


私は目の前の猫背気味に丸まり、書類に目を通している長身の男を見た。No.1ヒーロー。世間一般人がよく目にする筋骨隆々な彼の姿とはまた違った男らしさ、いや色っぽさが目立った。


(私こっちのスタイルのが好きかも..。)



デスクに突っ伏し彼の姿を眺めながらそんな事を考えていた。少しだけ休憩...と頭の奥で囁きながら私はいつしか瞼をとじていたようだった。


「レウくん!」


ん?なんだかとてもいい香りに包まれている。どこかで香ったことのあるような、爽やかなフレッシュさの中に太陽に照らされた大地からこみ上げるような暖かさを感じる奥深い香り。


「ふにゃ?」
「お。起きたね。よかった。」
「八木先生?」
「君あのまま寝ちゃったんだよ。このまま寝かせてあげたい気分だったけど、ほら。」


そういって彼は壁中央にかけられた時計を指さした。針は21時半を示していた。肩には八木先生のスーツの上着がかけられている。


「うわ!もうこんな時間?!」
「眠ったままお家まで送り届けてあげようかと思ったんだけど、わかんないからさ。」
「いえいえ!申し訳ありません。仕事をお任せしてしまって。」
「このくらい構わないよ。まだまだ先は長いしね。」


彼の言う通りまだまだ過去問の資料に目を通している段階なので全く先は見えない。私は苦笑いしながら彼のジャケットを返す。いい香りに包まれて目が覚めたのは彼の香りに包まれていたからなのか。そう感じると少しだけ心の奥がぎゅっと締め付けられた。


「もう遅いし、送るよ。どっち方面かな?」
「私は徒歩で15分くらいで着きます。」
「結構近くに住んでるんだね。私もそのくらいに家を借りたんだけどさ。」
「そうなんですか?勝手なイメージですが八木先生なら高層マンションの最上階とかに住んでそうなのに。」
「HAHA!見栄を張るつもりじゃないんだけどね!この時期どこも空いてなかったんだよ。」



そう。八木先生ことオールマイトは全く気取らない。庶民の私にも気さくに話してくれる。私たちは使用していた資料室の鍵を締め、警備員さんに挨拶をしてから校門を後にする。



「疲れただろ?ひとっ飛びするよ。幸いな事に今日はマッスルフォームになってないし。」
「ひとっ飛び??マッスルフォーム??」


私が?の字を頭に浮かべていると八木先生は影にはいりキョロキョロと周りを見回すとムキ!という効果音が似合う変化を遂げた。


「さあ!私につかまって!」
「ええええ!」



マッスルフォームとやらになった八木先生、いやオールマイトは私を軽々しく抱えあげ脚をぐぐっとバネにし凄いスピードで地面を蹴った。あまりの速さに目が開けられなかった私は、彼にしがみついていた。
ふわっといい香りが彼の腕の中にいるため鼻から脳に刺激を与える。おそらく私の心臓は飛び出そうなくらい音を立てているだろう。



「目を開けてごらん」
「........うわぁ....!」



上空で緩やかなスピードになっている間にゆっくりと瞼を上げてみた。目の前には溢れんばかりの輝きを放つ夜景が広がっていた。雲もないいい天気のためよく見える。顔を撫でる風も心地よかった。



「助けてもらってばかりだったから、ほんの気持ちだけどお礼がしたくてね!」



言葉が発せられる度に私の顔に物凄く近くにある彼の大きな喉仏が上下に動く。なんてセクシーなんだろう。ゴツゴツした喉仏から顎のラインが女性とはまた違った官能的なオーラを放っていた。
私だって恋愛はした事ある。
この感覚が何か分かる。だけど彼は神さま。私は庶民。これが憧れからくるものなのか、それからくるときめきなのか。
そう考えると少しだけセンチメンタルな気分になった。




「ここかい?」
「はい!」



歩いて15分、八木先生に送ってもらうとたったの5分。本来ならさらに早く到着するところを、お礼として夜景をプレゼントしてくれた先生。あの夜景に見合った程私は八木先生に何もしてあげれてないが、来週も頑張れそうな気がした。




「はい足元気をつけてね」
「ありがとうございます。」


八木先生はまるでアメコミのヒーローのように、私をベランダに送り届けてくれた。自分がとても興奮しているのが分かる。バクバクと音を立てている心臓を心の中で叱咤しながら彼にお礼を告げる。なんだかお別れが名残惜しくて、何か話題はないかと思考を巡らせていると、あまり女性の家に長居するのは失礼だから、と彼はもう私に背を向けた。もどかしい沈黙が流れる。



ヴヴーーー!
その時だった。静寂を破るかのように大きなパトカーのサイレンがなり始める。
オールマイトである彼の右耳がピクッと動いた。



「あ..あの!お身体は....」
「レウくん。今度はご飯でも食べながらゆっくり話そうぜ!」
「....はい!」
「じゃあ..」
「あ!待って下さい!無理だけは...」
「No!待たない!私を待ってる人がいるんだ。」



そう。
彼はオールマイト。その大きな掌で零れ落ちないよう沢山の命をすくい上げる。往生際の悪い私は初日に聞いた彼の活動時間が気になって気づいたら眉がハの字になっていた。



「君は優しい子なんだね。私は大丈夫。」
「怪我..しないで下さい。」
「違うよ」
「?」
「こういう時は」


ニコッと白い歯を輝かせて彼は言った。



「やっつけてきて!オールマイト!だろ?」



彼の笑顔が私を隠居扱いするのはまだまだ早いぜ?といわれているかのような安心感を与えてくれ、最高にかっこよく見えた。



「やっつけてきて!オールマイト!」
「YES!」




突風と共に彼は10階から飛び立っていった。
彼の姿はあっという間に見えなくなったが、私は彼が飛び立った空を暫く目を離せずにいた。



「最高。」



余韻に浸りながら私は靴を片手にベランダから部屋に入ろうとした。そこで私は気づく。



「.....あ。鍵」


ベランダからは自宅に入れないということに。そこに気づかなかったオールマイトがどうしようもなく滑稽に思えた。とはいえこのままでは入れない。困っていた私に、丁度いいタイミングで着信をくれたのは消さんだった。



「おい。明日暇か?」
「暇だけど」
「買い物付き合え」
「付き合う代わりに私の家のベランダに救出に来て欲しいです」
「あ?」


イレイザーヘッドは強度のある白い布を纏っている。それでベランダまで迎えに来てくれた。今迄の経緯を話すと彼は舌打ちをし斜め45度下を睨みつけていた。八木先生=オールマイトとはまだ話せないので、たまたまオールマイトと出くわし送ってもらったことにした。



「だからあーゆー格好付けは馬が合わん」
「まあまあ、私の為を思って送ってくれたわけだし」
「非合理的の極み」
「ははは」



八木先生には悪いので今日の話は秘密にしておいた。何でだろう。神さまもそういう失敗するんだと思うと、笑みが止まらなかった。
彼に抱いた気持ちはどんどん大きくなるばかり。明日消さんに相談してみよう。私は鼻歌交じりにシャワーを浴び寝床についた。






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