女性をディナーに誘うのは、久しぶりだった。年齢を重ねると共に人生経験は積んできた。勿論、女性経験も。
しかしオールフォーワンとの戦いが激化するにつれそんな余裕もなくなり、その後は毎日を必死に過ごしていたら今に至る。
世間一般ではオールマイトは無敵なトップヒーローと崇められているが、実の私はびくついていたり1日1日を過ごす事に精一杯なのだ。悲しいかなそれが現実。
私が彼女をディナーに誘ったのは下心からではない。恋愛なんてとっくに諦めているし最早そんな歳ではないとさえ思っていた。彼女を誘ったのは、そう。興味本位。ただ、気になったからだった。それだけの理由。
「これはベルガモットかい?」
「すごい。オールマイトは嗅覚も洗練されてらっしゃるんですね。」
「HAHA、八木だよ。八木俊典」
「あ、八木先生」
レウくんから無意識のうちにこぼれ出たオールマイトという単語に私は口元で人差し指を立てた。彼女はやってしまった、というような顔をして左手で口を押さえている。幸い周りには聞こえていないようだった。
今日のレウくんはいつもと雰囲気が違う。いつも職場で見る姿は、長い髪の毛を低い位置でまとめ、パンツスーツにシンプルなメイク。今日はぴたっとしたタートルネックに、ゆったりとしたオールインワン。彼女にぴったりな柑橘系の爽やかな香りを纏っていた。
「お肉。」
「ん?」
「お肉ならなんでもいいです」
だいたい女性が好きな食べ物はアボカド、チーズ、サーモンあたりだ。それを元にリサーチをしていた。だが見事私の予想は外れる。お肉.......と口の中で呟きながら、私はレウくんを、タクシーをひろい3ブロック先にある鴨肉が有名な専門店へお連れした。
「うわぁ!鴨肉とか頂く機会なかったので嬉しいです!」
「わさびと食べるとまた味の変化があって美味しいよ。」
考えてみれば彼女は雄英出身のプロヒーローだ。the体育会系。勿論華奢ではあるが鍛えてきたに違いない。肉食であってもおかしくはない。
「私下戸なんだ。もともと好きではあるんだけどもうあんまり飲めないんだよね。でもレウくんは飲むでしょ?」
「....いいんですかぁ?」
にこにこしながら彼女はウィスキーの炭酸割りをオーダーする。これはかなりの酒好きだな。そんな事を考えながら私は話を彼女にふった。
「レウくんは相澤くんやマイクの後輩なんだよね?いつも仲が良くて羨ましいよ」
「あぁ。もう兄弟みたいなもんですよ!二人とも世話やきでいいお兄ちゃんです」
「HAHA!それはいい。身近に頼れる相手がいる事はいい事だ。」
だんだんと関係性が見えてきた。元気で、ハツラツとしていて、誰もがほうって置けない皆の妹の様な存在。爽やかなベルガモットの柑橘系の香りが似合う女性。さっぱりした性格。可愛がられているのもよく分かる。ただ彼女は気づいていない。相澤くんの彼女に対する思いを。
「最初は相澤くんと同居してるのかと思っていたよ」
「ぶは!ないない!ないです!相澤先生は同じマンションなだけあって家族みたいな存在ですね」
同居というワードを聞いた途端レウくんは思わず吹き出した。
あぁ。やはりこの子は気づいていないのだ。私は見てしまった。初めて顔合わせをし別れた後に相澤くんがレウくんを壁際に追いやっていたところを。あれは間違いなく彼女に気がある。
そして、相澤くんだけでなく彼女が皆を引きつける何かを、私は知りたいのだ。
「さっきから私の話ばっかり。八木先生のお話聞かせて下さいよー。」
「大人は聞き手に回るものだよ」
「あ!私を子供扱いしたでしょ今!」
お酒が回ってきたのか、レウくんは少し顔が赤い。見れば彼女が握りしめているグラスは3杯目。あまり酔わせてしまっては誰かさんに恨まれそうなのでこの辺りにしておこう。
「今日はそろそろお開きにしようか。急な誘いに乗ってくれてありがとう。送るよ」
その後当たり障りのない仕事の話をして彼女がお手洗いに行っている間にお会計を済ませた。お店を出た後彼女は断ってもガンとして譲らないので帰りに彼女モチでコーヒーを頂く事にした。
「八木先生って、大人の男性って感じです」
「まぁ、歳はくってるからね」
「違います。それだけじゃなくて、所作とか諸々。」
酔いが覚めたのか頬に手をつきこちらをぼーっと見つめながら話し始めた。
私が飲んでいるのはホットのカプチーノ。彼女が飲んでいるのは今いるカフェ新作ホットのラズベリーラテ。とろんとした瞳をこちらに向けながらレウくんは私に問いかけた。
「八木さんは今お付き合いされてる方いらっしゃるんですか?」
「んん.......秘密」
素直にいないと答えてもよかったのだが、秘密、と答えた。私は嘘はつかないポリシー。質問を重ねられると、嘘をつかなければならない方向に進んでしまいそうな予感がしたからだ。
レウくんはぷくーっと頬を膨らませこちらを睨みつけている。ああ、レウくん、今の君の目力では蛙だって仕留められないよ。
うるうるした瞳でこちらを見つめてくるレウくんを、そろそろ本当に送り届けねばと私は席を立った。
「コーヒーご馳走様。さぁ、帰ろう」
「......はい」
少し寂しそうな彼女に手を差しのべた。頬を赤らめながら彼女は私の手を掴み立ち上がる。冷え症なのかレウくんの手先は冷たくなっていた。
彼女が立ち上がったのを確認し私がやんわりと手を離そうとすると、きゅっと可愛らしい力で掴まれた。その力に反応し私が振り返ると、小さな声で彼女はこう問いかけた。
「あの、今日は星が綺麗ですよ」
私も男だ。頬を赤らめながらこちらを伺うレウくんがひょっとして私に気があるのではないかと勘ぐってしまう。
しかしまだ会って1週間そこそこだぞ?
惚れやすいタイプなのだろうか。
「今日も星空をプレゼントするよ」
そして何より、
私は求められると応えたくなる性分なのだ。
「しっかりつかまって」
「はい」
タイミングよく今日も大きな事件がなかったのでマッスルフォームになれる。私は力を込め地面を蹴った。
カプチーノを飲んでポカポカしていた身体に夜風がとても気持ちいい。上空で緩やかな速度になるのを待ち、彼女に目を開けてごらん、と声をかけた。ゆっくりと目を開ける彼女は、まるで小さな子供のようにキラキラした瞳で夜空を見上げていた。
「オールマイトさんは毎日皆を照らし続けて凄いと思います。」
「え?」
「あなたの笑顔に救われてる人はあなたに恩返しができる日は来るのでしょうか」
いやに抽象的な質問をするな。
でもね、ヒーローってのは見返りを求めちゃダメなんだよ。私の描くヒーロー像とはそういうものだ。
「待っている人がいるなら、行かなきゃぁな。」
「.....あの......」
レウくんが何か言いかけた時、既に着地する高度になっていたため言葉がひろえなかった。彼女のベランダに丁寧におろし、私はもう1度何を言いかけたのか聞いてみた。
「いえ、何でもないんです。少し飲み過ぎちゃいました。明日からまた入試準備頑張りましょうね!」
「....オーケー。今日は付き合ってくれてありがとう!」
夜風にあたり完全に酔いが覚めたのか、ベランダに降り立った頃にはいつものレウくんに戻っていた。
1回り以上も離れた女性の仕草や言動に浮つくなんて私も心はまだまだ若いのかもな。好意を向けられてなかなか悪い気ではない。
そんな事を考えながら彼女に目をやると、何か言いたそうにモジモジしていた。先程のこともあり更に浮ついた私は理由を問いかける。
「あの...実は..」
「うん?」
「ベランダからは窓を施錠してるので入れないんです...」
「あぁ...そうだね....うん....ごめん」
もう1度ジャンプしマンションの近くの路地に降り立ち、トゥルーフォームに戻った後エントランスまで送り届けた。
「八木先生。私八木先生と今日ゆっくりお話出来てよかったです!なので、また是非ご一緒させてください。」
「うん、ありがとう」
「約束ですよー?」
されるがままに小さな小指に自分のゴツゴツした小指を絡め取られ半ば強制的に指切りをさせられた。私がその小指を解き握手すると、彼女もにこにこと微笑みで返してくれた。
「レウくん、また美味しいお肉が食べれるお店、探しとくよ」
「ありがとうございます。そしてすみません、可愛げがなくて。」
へへ、と口角を上げて笑う彼女に私はいつしか目を話せずにいた。
ああ。
こうやって皆は彼女に引き付けられるのだろう。気がつけば私も彼女のファンになってしまっていた。
別れ際の言葉が見つからず沈黙が流れていたが、それを破ったのは私のスマートフォンの着信だった。
塚内くんからの連絡だった。なんでも拘束したばかりのヴィランが警察署内で暴れ始め、相性のいいヒーローがおらず緊急で私に電話をかけてきたらしい。
「あぁ。わかった」
「お仕事ですか?」
「うん。悪いけど、もう行かなくちゃ」
「はい...。無理はしないでくださいね
「ありがとう。」
「それと...」
エントランスの扉を開けマッスルフォームになった私に彼女は飛びっきりのスマイルでこう言葉を投げかけた。
「やっつけてきて。オールマイト!」
「YES!」
反射的に答えたが、
やはり私は求められると応えたくなる性分。彼女からの激励に喜びすら感じつつ、地面を蹴りあげた。
今日1日で分かったことがある。
興味本位で近づいた彼女は、本人が気づかないうちに周りを惹き付け離さない、魅力的な女性だということ。
私も彼女に夢中になってしまったということ。
更に知りたくなってしまったじゃあないか。
勿論恋愛をしようとは思ってはいない。
ただ、知りたいだけ。それだけなのだ。
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