時刻は深夜2時。
私はようやく仕事を終え警察署から帰宅した。塚内くんはまだ仕事が残っているらしく、私よりもきっと疲弊している事だろう。自宅に入り上着をソファへ投げた。シワになるがクリーニングに出せばいい。
ネクタイを緩めリビングの椅子にかける。少しばかり瞼を閉じ天井を仰いだ。
(八木さんは今お付き合いされている方いらっしゃるんですか?)
彼女の声が頭の中をエコーする。私のようなおじさんに興味を持つなんて変わった子だ。きっとまだ私の事をオールマイトとして見てくれているのだろう。
あんなピュアな瞳でこちらを見つめてくる彼女の夢を壊してはいけない。
「もう、いい歳したおじさんだからな」
私は独りごちてからシャワーを浴びるために浴室へ向かった。全て脱衣しシャワーのハンドルを拗じる。シャワージェルを適量取り好きな香りに包まれた。
もともとフレグランスは好きで何個か同じ香りのシャワージェルを常備してある。今日は自分を甘やかしたい気分だったので重ための甘い香りにした。
シャーワーの水圧が心地よい。浴室のミラーには己の傷跡が露になっていた。目に見るには痛々しい傷跡。きっとこの姿を見れば彼女も幻滅するだろう。
実のところこの傷を見せる程の関係性を築くのは私にかなりの精神を消耗させる。
(そう、私はもう恋愛などという甘い気持ちは持てぬのだ)
ハンドルを手前に起こし浴室から出た。タオルでよく水分を取ってからリビングへ向かう。歯を磨いてからキングサイズのベッドへダイブした。
(あの....)
彼女が言いかけた言葉は何だったのだろう。少しだけ、気になるかな。少しだけ....。
聞いてみたい気持ちもあるが連絡を取るほどではない。変に気を持たせてしまうのも悪い。
私はライトを落とそうとサイドテーブルに手を伸ばした。その時おいてある入試試験用の資料が目に入る。
(あぁそうだ。入試試験の資料作りも進めなくては)
明日レウくんに連絡を取ってみよう。入試試験の為だ、致し方ない。
まるで口実のような後付けである事に気づかないふりをして、私は瞼を閉じた。
-------------------------------------------------
チュンチュンと、雀が朝を知らせる。カーテンの隙間から眩しい太陽がこぼれる。私は酷い頭痛と肩こりで目が覚めた。
「....っつぁ」
あまりの痛みに声があがる。無理もない。私はあのままテーブルに突っ伏し寝落ちしてしまったのだ。大きく伸びをしてから浴槽にお湯をために向かった。こんな日にはゆっくりお湯に浸かるにつきる。
幸い今日も休み。明日から始まる月曜日に備えてまた資料作りに勤しまなければならないが。
少しお湯が溜まったところで先日専門店で購入した泡風呂用の入浴剤を入れた。この入浴剤は泡立ちがよく非日常的な気分が味わえる。
しばらくしてお湯がたまったのを確認し、私は鼻歌交じりにバスタイムを始めた。
いつもはシャワーで済ませるがたまにこんな休日の朝もいい。凝り固まった肩を自分で揉みながら小さな贅沢を楽しんだ。
(ふぅ。結構リラックスできたしそろそろあがろう)
私は水気を切りタオルで全身をくるむ。寝ぼけていたのか着替えを持ってきていなかった為、そのままリビングへと向かった。
冷蔵庫から取り出した冷たいミネラルウォーターを飲み干し振り返った。
「........へ?」
ベランダにいたのは面食らったような顔をしているあの人。何がなんだか分からず私は口をぽかんと開けていた。あれだけ願ったはずの彼からの連絡だったが、まさか本人がベランダから登場するなんて思わない。シューっと音を立てながら真の姿へと戻っていく様をみながら、私はパタパタとベランダへ近づき鍵を開けた。タオル1枚しか纏わぬ自分の姿も忘れて。
「八木先生どうしたんですか!」
「いや..その連絡をしたんだが...全く返事がなくて心配になってしまってね..というかレウくんその格好」
「へ?」
ごにょごにょと口をぱくぱくさせる八木先生は顔を真っ赤にして目線を逸らした。その時、動き回ったせいか私を包んでいたバスタオルは見事に滑り落ちた。
「あ」
「!!!」
私たちはリビングの椅子に腰掛けていた。あの後私は固まってしまい動けなくなり、八木先生.....かみさまは掌で顔を覆い耳まで真っ赤になった。
あぁ見られてしまったのね、私の貧相な身体を。これがミッドナイト先輩のような体つきならば彼を虜できるハプニングだったであろうが私の場合そうもいかない。
「あの、すみませんでした、貧相な身体を晒してしまって」
「そんな事ないよ!華奢だけどカタチは..いや何でもない」
「.......」
「「ぷ、あははは!」」
カタチってなんだ。2人で目を合わし吹き出した。全く何をやってるんだ私たちは。まだ朝の10時というのに。
私は八木先生のコーヒーも入れようとキッチンへと向かった。
「コーヒーでも飲みます?ブラックですか?」
「ありがとう。ミルクも欲しいな」
かみさまは意外と甘党な事が判明。私はミルクとシュガーを用意しテーブルに運んだ。1口含み、疑問に思っていたことを聞く。
「返事がないから心配になったって仰ってましたけど、何かあったんですか?」
「ん...ほら、明日まで仕上げないといけない資料があるだろ?焦ってしまってねHAHAHA」
爽やかなスマイルをこちらに飛ばしてきてはいるが、午前中だけ連絡がつかないという理由で家まで来るなんて脈ありと思ってもいいのだろうか。
八木先生は左手に持っていた上等そうな革のバックから資料を取り出す。
「お休みのところ押しかけてすまなかったね。このままお邪魔するのも悪いし、どこかカフェにでも行くかい?」
「私は構いませんよ、ここでも」
「....じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
2人でコーヒーを飲みながら資料作りを開始した。パソコンがあまり得意ではない八木先生にかわって私は打ち込み係。センテンスをまとめあげるのが下手な私にかわって順序立てをしてくれるのが八木先生。夢中で続けていると時間はあっという間に過ぎる。気づけばお昼時になっていた。
「そろそろお昼時だな」
「そうですね、資料もここから先は学校から持ち出しできない域のものですし、ここまでにしますか」
「あぁ、私もそろそろお暇させてもらうよ」
「食べていかれないですか?そんなにいい物はだせませんけど」
「流石に悪いよ」
ダメもとでは聞いてみたものの少し残念な気持ちになったその時、インターフォンが鳴った。返事をしながら扉へ近づくと、そこには消さんが立っていた。
「わりぃ。コーヒー切らした。2杯分分けてくれ」
「いいですけど」
「助かる」
思えばこの人も仕事が山積みなのだ。私はキッチンへ向かい予めひいて貰ったコーヒー豆を掴み再び玄関に向かった。その際視界に入った八木先生が少しだけ顔をしかめたのが見えた。
「はい、どぞ」
「ありがとな」
短い会話で終了した私たちの会話は、八木先生にも届いていたらしくこちらを気にかけていた。私がリビングに戻り腰掛けると、思ってもみなかった言葉が返ってきた。
「やっぱりお昼ご一緒してもいいかな?私も手伝うよ」
少しだけ眉をハの字にした八木先生は、なんだかいつもより可愛く見えた。
← | →novel top