Love me sweet

(甘い愛で)


いつからだろう、
あなたの背を追うように
なってしまったのは
いつからだろう、
あなたの背しか見えなく
なってしまったのは




「さむっ」

私は五分袖の黒いニットから出た自身の肘から下をすり合わせた。夕焼け空に染まり始めた秋空を見ていると、やはりあの記憶が蘇る。


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「遅刻ちこくー!」


ブラックのショートブーツに両足を突っ込み、ジップを引き上げる。インディゴカラーのデニムのポッケに携帯を入れ、バッグ片手に玄関から勢い良く飛び出した。



「...うわ!」



困った。実に困った。今日は先日貰った台本を使用した授業だというのに。目の前のヨダレを垂らしたいかにもヴィラン顔の男がニヤニヤしながらこちらを見つめている。




「あ...あの、私急いでるんだけど...?」




家族の都合でアメリカに移住して3年。日本でいう中学生にあがるタイミングで、演技系の学校に通うため年の離れた社会人の姉の家に転がり込んでまだ1週間。ここら辺りが治安が悪いなんて聞いてない。
私の個性は見た目年齢を変化させること。女優にもってこいでしょう?今日は授業の為に、5.6歳大人びた外見を装っていた。
でもそれが裏目に出るなんて。




「お前、いい尻してるな」
「...はい?」




私は悲鳴をあげヴィランに背を向け走り出した。後ろを振り向けば凄い形相であいつは追いかけてくる。なんでこういう時ってもっと早く脚は動かないのかしら、そう考えているうちに足元がもつれて地面に突っ伏してしまった。



「..やめて...」

どうかお願い顔だけは。
女優を目指してるの。
最悪身体は傷さえ付けなければ捧げますから、、。


頭の中で最早意味のわからない事をグルグル考えていると、そこに彼は華々しく登場した。




「お嬢さん!」



筋骨隆々なそのお兄さんは、ブロンドの前髪を揺らしながら私に覆いかぶさっていたヴィランをその拳で吹き飛ばした。



「トシ!全く、本当に何も考えず飛び出すんだから!」
「デイヴ!ごめん、でも放っておけないだろう」



(なんて青い瞳なの)



若いお兄さんたちの顔を見つめながらしばらく思考が停止していたが、はっと我に帰った。遅刻だ。ヤバい。


「先生!ヴィランに襲われてしまいギリギリに着きます!!はい....はい。でも間に合わせるので!!」


お尻のポッケに入れた携帯を取り出し電光石火の如く早いスピードで担任に連絡をした。ヴィランに追われていた時よりか早いのではないかと思う走りで学校に向かう。




「..あ!お嬢さん!落し物!って行っちゃったよ」
「随分と急いでるんだな、っとトシ!俺達も急がないと学校遅刻だ!」
「それはまずい!前も怒られたばかりだからな!行こう!」



これが私とトシの初めての出会い。思えば助けてもらったのにお礼も言わない非常識な私に、彼はひとつも怒らなかった。




「あれ?ない」
「どうしたの?名前?」
「ないのよ。エチュードで使う台本のプリント」


エチュードとは即席演技。グループに分かれて演技する。演者を目指しているなら必ずやる訓練だ。だがそのプリントがないのだ。どこにやってしまったのだろう。


「あ!!!」



そうか、あの時。あの時だ。今朝襲われた時の。本当に今日はツいてない。私はため息をつき項垂れた。



「そういえばお礼も言えなかったなぁ」



今朝助けてくれたあの青年。とても爽やかだった。ブロンドにブルーの瞳。いかにもモテそうな顔立ちだった。また会えたらきちんとお礼を言おう。
私はトボトボ歩きながらいつもの帰り道を遠回りしてある映画館の前を通りがかった。何枚か公開予定の映画のポスターが貼り出されている。私もいつか。穴でも開くんじゃないかってくらい見つめてから、目線をそらした。



「「あ。」」




そらした目線のその先に、彼はいた。お互いに指を差し合って大きく口をあけたまま瞬きを繰り返す。私も驚いたが、彼も驚いていたようだった。彼はすぐに白い歯を輝かせながらこちらへ近づいてきた。



「やあ、君は今朝の」
「ええ、朝はお礼も言わずにごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「いいよ、やりたくてやった事だから。それより、これ。」



彼は私の落としたプリントの入ったファイルを渡した。そして頭をかきながらこう言った。


「キミ、女優さんかなにか?」
「え?」
「ごめん、クリアファイルだったから中見えちゃって。素敵なショートストーリーだね」



今回のセリフはとあるカップルのショートストーリーだった。カップルになりたての2人が、愛を囁くセリフ。今までやった事の無い大人びたセリフに私は少し苦戦していた。
形から入る為に見た目を大人っぽくしてみたものの、やはり14、15のガキンチョに内からの色気はでるはずもない。



「いえ、女優の卵よ。あなたは?」
「........ヒーローの卵とでも言ったところかな。映画好きでさ、よくここに来るんだ。」
「あら、奇遇ね。演者を目指している分映画には詳しいのよ」
「それは興味深いな」



演じる者の人生経験から滲み出る演技ってあるらしい。
この人と、もっと知らない世界を知りたい。それは好奇心だった。



「私は名前」
「....トシだ」




ありがち、な流れ。
私たちは意気投合し、何度かデートを重ねた。しかし、その甘酸っぱい幸せは長くは続かなかった。
トシと出会ってからまだ4ヶ月程度。彼は23歳。嫌われたくなくて、年齢は同い歳と偽ったまま。




「日本に帰るんだ」



以前から日本に帰るという事は、分かっていた。期間限定の愛だということも、分かっていたはずだった。
でも、若さがそれを許せなかった。



「さよなら」


遠距離を提案してくれた彼に私は別れを告げた。彼はまた、怒らなかった。勝手な私に罵ることもなく、ただただ静かに眉だけ下げた。



"日本のヒーロー番付が今年も発表されました"



トシが居なくなって数年。オールマイトとして日本で活躍するトシはとっても輝いていた。しかし私は、年齢ばかり重ねて、何も成果は出せなかった。
小さな役ばかりで、大した仕事は貰えなかった。それから何年もの月日が経つ。
互いにもう若いとは言えない歳になっていた。




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昨晩会った男性は、一体誰だったのだろうか。あのブロンド、あのブルーの瞳。あの人に特徴は当てはまる。そう、まるでトシのような....。
私はブンブンと首を横に振った。あの筋骨隆々な彼があんなガリガリな男性と同一人物なわけが無い。





(でも、妙に色気のある男だった)





日本に帰ってきてまだ5日と半日。トシに会えるかも、とオールマイト事務所の近くにホテルを借りてブラブラしてみたものの、彼は多忙でその辺を歩いたりしてはいない。彼はもう有名人、私が肩を並べてあるける人ではなくなってしまったのだ。



「なにやってんだか」



(私はもう、彼の背を追うことしかできないのね)



先程まで絵画の様だった空からぽつりぽつりと、夕時雨が通り過ぎる。私はもう、泣くほどの純粋さも持ち合わせてないんだわ、自身の心の隙間を埋める何かを探して、歩き続けた。




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