You have made my life complete

(あなたが人生を満たしてくれた)




かつて私を満たしてくれたあの人は、
もう私に振り向いてくれることはない。
人生で大切なもの程手に入らないってことらしい。



----------------------------





ヒーローミッドナイトこと香山睡と出会ったのは私が一時帰国していた時。彼女がプロデュースするフレグランス製品のスチール撮影に、私もキャスティングされた。彼女がアメリカに旅行中、私のポスターに目が止まりわざわざオファーしてくれたのだ。それから、腐れ縁で付き合いが続いてるとでもいったところ。




「ちょっと、腐れ縁ってなによ。感謝しなさいよね〜、雄英高校の演劇部講師に推薦してあげたんだから」
「あら?口に出てたかしら、ごめんなさい。勿論感謝してるわよ、睡には。」




彼女と仕事をした時はアメリカにトンボ帰りだったのでオールマイトをニュースでしか見る事はできなかった。まあ未練たらたらと思われるのも癪だから絶対に連絡はしないと決めていたのだけれど。




「雄英高校はセキュリティが厳重だから私の推薦がなけりゃ入る事もできなかったんだから」
「はいはい、睡さまミッドナイトさま」
「ふふ。まあそんな事はどうでもいいのよ。また名前と働けて私は嬉しいわ」




そう。彼女の紹介で私は来年からここ、雄英高校で演劇部の講師を務めることになった。そしてたまのタレント活動。それが今後日本で私が食っていく生業。今日は校長先生への挨拶を済ませ、部室を見に行く予定になっている。



(トシも、ここを歩いていたのね)



雄英高校の廊下を歩きながらぼんやりそんな事を考えた。ここは彼の母校。彼に会うかも、なんて考えたけどオールマイトはヒーロー活動が忙しいはず。それに私は演劇部講師であるが教師ではない。


(会えたらいいな、なんて思ってる自分が女々しいわ)


私の表情を伺ってか睡はぽんぽんっと私の肩を叩いた。彼女は私とオールマイトの過去は知らない。聞かれなかったからだが、ベラベラ喋る事でもないだろう。No.1ヒーローであるオールマイト、タレント活動をする私、双方過去の出来事をスキャンダルとして出して得はない。



「こっちの家、決まったの?」
「ええ、まあ。目星はつけてるんだけど」
「じゃあ、今夜うちに来なさいよ」
「なんでそうなるのよ」
「なになに〜?先約でもあるの?」
「ああ、まあね。」
「聞かせなさいよ」




今日は先日出会った八木さんとカフェで会う約束をしていた。不思議と気が合う男性。若くもないしいい身体をしている訳ではないけど、なんだかセクシーで、雰囲気がある人。



「まあ、何はともあれ、名前が幸せになれればいいわ。あなたは今まで1人で走り続けてきたんだから」
「......そうね」





私は女優業1本で走り続けて内心少し疲れきっていた。これからの人生を共にする人を探してもいいんじゃないかとも考え出している。この業界、結婚年齢は一般人と比べて高い。それにしても適齢期をかなり過ぎてしまった私は、寂しさを埋めてくれる人を欲しているのかもしれない。




「ってそれはあなたもよ、睡」
「余計なお世話よ」
「まあ、好きに生きてるのが睡らしいけど」
「ありがとう」
「.....」
「???」




ちょうど校長室の前に到着した所だった。私は言葉を失った。
そこには、忘れもしない、彼がいたのだ。
私がいつしか追うことしかできなくなっていた大きな背中。ブラウン管を通してでしか見ることの出来なくなっていた青い瞳。
私が心の奥底で会いたいと願っていた−−−−





「..トシ」
「名前..なのか?」






ダークグレーのスーツに身を包んだ大きな身体をこちらに向けて固まっている彼は、はっと我に返り他人行儀に私に挨拶をした。



「オールマイトさん、名前と知り合いなんですか?」
「...あ、ああ。ちょっとね。久しぶり.....名前さん。ミッドナイトが名前さんと知り合いなのが私には驚きだよ」




それからは全てがスローモーションに見えた。周りが白黒に変わっていきまるで天井からショートムービーを見下ろしているかのような感覚。トシ....の言葉が冷たく突き刺さる。名前さんだなんて呼び方、そんな仲ではないのに、否、変わってしまったのだ。長い年月が流れた。
私たちは、変わってしまったのだ−−−。



「ちょっと?ねえ、名前ってば!」
「ああ、ごめんなさい、考え事」
「もう。知らなかったの?オールマイトさんが来年から雄英で教師をする事」
「え?そうなの?」


なんせまだ日本に来て1週間も経っていない。ホテル暮らしが続いてる私にとって、テレビも見なければスマホでニュースも開いていなかったので知らなかった。



「無理もない、マスコミに情報が流れ始めたのはつい最近だからね」
「私は来年からここで演劇部の講師を務めることになったの」
「そうだったのか」
「ええ」




何年ぶりだろう。
トシと会話をするのは。会いたいと願っていた彼に会えたのに、私の心はザワついていた。嬉しいような、劣化した自身を見られたくないような。気づけば彼に対する私の声はキツくなっていた。



「それじゃあ、私は校長先生に挨拶をしないといけないから」
「あ、うん。引き止めて悪かったね」
「いえいえ、睡、行きましょう」




睡は私を横目にトシへ会釈し校長室をノックした。トシがこちらに視線を送っていたのに気づいたが、私は足元ばかり見つめてそれに応えることはなかった。
つくづく自分は天邪鬼だと思う。素直にトシに久しぶりに話そうとすればいいのに、仕様もないプライドが許さない。




「名前、大丈夫?」
「ええ、昔の知り合いに久しぶりに会ったから驚いただけよ」
「......そう」




睡が大人な対応をしてくれて助かった。ここでズケズケと質問責めにされていれば私は閉口していたことであろう。無事校長先生へ挨拶を済まし、部室へと向かった。





(トシ、フレグランス変えたのね)




トシからは懐かしい香りなどしなかった。セクシーなシプレーウッディー調の香り。まあ私も変えたのだけれど。お互い、あの時のままじゃいられないもの。
私は軽くため息つき歩を進める。



(でも、どこかで香ったことのあるような)





鼻腔をかすめたその香りを記憶の中で探しながら。



前へ次へ
戻る