and I love you so

(君を愛してるのさ)






予想外だった。
まさか、母校で彼女と会うとは。
彼女は何年もの月日を忘れさせる程、美しかった。私が彼女に出会った頃は20歳そこら。当時に比べれば確かに年齢は重ねているが、年相応の輝きを放っていた。


(私は名前を呼び止めて、何を語るつもりだったのだろうか)



校長室へ向かう彼女の後ろ姿を追うように見つめた。名前との会話を何とか繋ぎたくて考えを巡らせてみたものの、まとまった言葉は出てこなかった。何も。




「オールマイトさん」
「ああ、セメントス」
「どうしたんですか、棒立ちじゃないですか。考え事です?」
「うん、少しね」
「平和の象徴は休む間もないですね」
「よせやい、大したことじゃないよ」



大したことじゃない。片手をひらひら振りながら答えたその一言を、自身にもう一度問いかけた。大したことじゃないのか?そもそも名前は独身なのだろうか、既婚ではなくても、パートナーくらいいそうなものだ。だが久しぶりに会ったんだ、お茶くらい誘っても不自然ではないだろう?連絡先は変わってないないはずだ。



「ねえ、セメントス。久しぶりに再会した異性の友人に連絡するのってやぶさかかな」
「え!別におかしくはないと思いますけど」
「そう、だよね」
「オールマイトさんもそんなことで悩むんですね」
「そんなことじゃないさ、こんな歳だしHAHAHA!」



仮眠室の前まで来たところでセメントスと別れ、中に入る。蒸気をあげトゥルーフォームへと戻った。軽く咳き込みながらソファーに腰掛けると、スマートフォンが光っている事に気がついた。
トークルームをタップすれば、そこには今日の待ち合わせに30分遅れるとの連絡。



(そうだ、今日はみょうじさんとお茶する日だった)



名前の若い頃に瓜二つな女性。趣味まで彼女にそっくりで、以前バーで話した際共通の話題がたえず話が盛り上がった。勿論年齢差がありすぎて恋愛対象にはならないが、彼女とのひと時はちょっとした癒しになる。トゥルーフォームであればオールマイトとはバレずにも済む。



「名前に似てるってところが少し悔しいけど」


私は大きくため息をつき、お茶の入ったポットに手をのばした。



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しばらく身体を休めてから仮眠室をあとにし、みょうじさんとの待ち合わせしたカフェへと向かう少し約束の時間には早いが、ゆっくり待てばいいだろう。身体もトゥルーフォーム。急ぐことは無い。



「あとでひとり女性がくるんだけど、先に席で待っててもいいかい?」
「問題ございません、こちらへどうぞ。」


白シャツに黒いベストを着たウエイトレスの案内に従って店内を進む。みょうじさんが指定したカフェは黒を基調とした壁紙にアンティークゴールドの額縁がいくつもならんだ内装だった。店員に通されたソファへとかける。



「お先に何かご注文されますか?」
「・・・バニララテを」



彼女が到着するまであと、30分くらいだろうか。私はそわそわしながらスマートフォンの連絡先を探す。・・・あった。名前の電話番号。ショートメールの宛先に追加したところで私の指先は停止した。



「いったいなんて言葉から始めたらいいんだろうか」



私が両肘を付いて俯いているとフワッと甘い香りが優しい風と共に舞い込んできた。頭をあげるとニコリと微笑むみょうじさんがそこにいた。
片手で遅れてごめんなさいね、と眉を下げながら席についた彼女は、アメリカンをホットで、と整った顔立ちにぴったりな注文をした。




「あら?浮かない顔してどうしたの?遅い恋煩い?」



ふふっといたずらっぽく笑う彼女。やはり名前の若い頃にそっくりだ。先日道端であった時とはまた違う雰囲気。初めて会った時の印象に近い。



「なによ。私でよかったら相談にのるけど。」
「あ...ああ。お願いするよ」



確かに、女性の事は女性に聞くのが1番かもしれない。私はオブラートに包みながら名前に連絡すべきかどうかを話し出した。



「何十年ぶりに再会した異性に、2人でお茶のお誘いをされたら、君だったらどうする?」
「そうねぇ」
「・・・うん」


ごくり。私は音を立てて唾を飲み込み彼女の返答を待った。彼女は手元にあるティーカップをカチャリと受け皿に置き私を真っ直ぐ見つめた。



「行く・・んじゃないかしら。久しぶりに会ったんでしょう?もうときめくような歳じゃないんだし。行くと思うわ」
「そうか!ありがとう」
「ふふ。あなたまるでゴールデンレトリバーみたいね」
「え、それって褒め言葉かい?」
「ええ、一応」



そういえば、くすくすと口元に手を添えて上品に笑うみょうじさんの薬指にはエンゲージリングはない。
これだけ顔立ちが綺麗なのだから、それだけ引く手あまたと言ったところだろうか。




「今日は映画の話以外で盛り上がるわね」
「そうだね。相談に乗ってくれて嬉しいよ、こんな話、いつぶりだろう。秘密にしておいてくれよ?」
「勿論。じゃあ、八木さんの秘密を教えて貰った代わりに、私の秘密も教えてあげる。」
「秘密って程では、、え?君の秘密?」
「ええ。ガッカリしないでね」



みょうじさんは両手で顔を覆い静かに息を吐き始めた。小さな変化だが、目に見える退化が始まる。老化だ。人間は平等に歳をとる。それは隣人でも、大女優であっても、過去に愛した女であっても同じ。



「・・・・き、キミは」
「どう?驚いた?これが私の本来の姿」




私は言葉を失った。何故ならば目の前にいるのは数時間前に母校で再会した、私が忘れられない女。



「あ、あの。みょうじさん、フルネームは?」
「名前よ。みょうじ名前。」



思えば過去に名前にファミリーネームを尋ねたことは無かった。互いにだ。若かったあの頃、2人でいた時にファミリーネームで呼ぶ機会もなければ使う事もあまりなかった。
そして、彼女の個性に関しても同じく聞いたことはなかった。彼女が私の個性を知らないように。



「ちょっと、聞いてる?ガッカリしたならガッカリしたってはっきりいいなさいよ」
「あ、いやいや、美しさは変わらないよ。ただ、知人にそっくりだったから驚いただけさ」




むしろ年齢を重ねた大人の女性にしか出せない色気が増している。色づいたオーラでいうならローズプラム、と言ったところか。彼女の周りには若い少女には出せないそれが漂っていた。




「永遠の若さ。女なら誰しも憧れるものだわ。時々自分が最高の肌弾力を持ち合わせてた歳に見た目年齢を戻して出かけるの。そしたらなんだか気が晴れる気がして。」
「そう...だったのか。だから初めて会った時は」
「ええ、若かったでしょう?」



クスクスとちゃめっ気たっぷりに含み笑いをする名前。どうりで似ているはずだ、本人なのだから。私は未だ戸惑いながら彼女に視線を送る。お手洗いに、と席を立った彼女が背中を向けたのを確認し、私は先程の何十年ぶりの再会を遂げた異性へのメールを削除した。





運命とは残酷だ。
もつれた糸を解くには、1度断ち切るしか方法はないのだろうか。
私はゆっくり胸に溜まった息を黒いわだかまりと共に吐き出し、天井を仰いだ。








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