Love me tender

(優しく愛して)







「あら、八木さん、今日はなんだかうわの空ね。余程ショックだったの?私の個性。」
「あ..そんなことないさ、少し驚いたけど」
「そう?」



彼女にメールを送る勇気もないくせに。私は自分と歳が近づいた彼女の様相に対して、高鳴る自身の胸の鼓動を抑えるのに必死だった。



「ああ、楽しかった。あなたと話してると、なんだか面倒な事全て忘れてられるわ。不思議ね」
「そうかい?それはどうも。」


面倒な事って、私の事もか?
無駄に拳に力がこもる。目の前に、忘れられない女性がいるのに、私は何もできないでいる。



「さあ、そろそろ出ましょうか」
「そうだね」



私たちは同時に席を立つ。勿論会計は別々。払わせてはくれない。彼女はそういう人だ。私は軽く咳払いをし彼女の横顔を見つめた。
なんて品のある顔立ちなのだろう。つり気味の眉も、スっと通った鼻筋も、昔から変わらない。長い睫毛だってあの時のままだ。

「ねえ、また会ってくれる?」
「えっ?」


彼女を見つめ続けていた為みょうじさん、いや名前の想定外の提案に即答はできなかった。
また会う?名前とか?会いたくないと言えば嘘になる。だが会ったその先に何があるというのだ。
私は彼女の問いに答えられず悶々としていた。


「なによ、ま。いいわ。また連絡するから気が向いたら返信ちょうだい」
「あ、ああ。すまない」
「なんで謝るのよ」
「いや、あぁ、そうだね。ごめん」
「ほらまた謝る。私の昔の恋人にそっくりね、ふふ」



彼女はじっと男からの連絡を待ち続ける女じゃない。昔からそうだ。アクティブで行動力がある。すぐ謝ってしまう私の癖に非がないのなら謝罪するなとよく言っていた。
古い恋人、と表現した人物はきっと自分のことだろう。




「じゃあ、またね」


彼女は振り返らず左手をひらひらさせながら去っていた。私はまだ、動けずにいる。



(一体何を考えて私にまた会いたいだなんて言ってるんだ?)




翌日、私はマスタードカラーのスーツに身を包み出勤の準備をしていたバスルームでヒゲを剃り、歯を磨く。
年々増える皺を気にすることもなくなった。自分の顎をなで、棚から取り出したフレグランスを足首にワンプッシュ。
昔から変わらないルーティンだ。



「眠れなかった.....。」



鏡に写る自分の顔にはいつも以上にクマができていた。次、学校で名前になんて声かければいいんだ。同じ職場、遅かれ早かれきっと出会うはず。そんな事ばかり考えていたら寝つきが悪く気づいたら朝を迎えていた。




「いかんいかん。私がしっかりしなくちゃあな」



私用にヒーローは左右されてはならない。私はネクタイをしめ、ゴールドのタイピンを付けてから玄関へと向かった。トゥルーフォームのまま出勤してトイレでマッスルフォームになろう。
ブツブツ独り言を言いながら自宅から電車通勤し、雄英高校へと向かう。



(まさか電車通勤するようになるとは10年前は思いもしなかった)



自嘲気味に鼻で笑い、私は職員室から1番近いトイレへと入る。深呼吸してからトイレの個室でパンプアップし、へその下に力をこめ再びトイレから出た。




「あ!」
「わ!」



職員室から1番近いトイレは、通路の突き当たりを曲がったところにある。故に通路から誰かが歩いてくるかは見えない。私はこれから校長先生との長ーいお話について頭がいっぱいだったため右手から女性が歩いている事に気づかなかった。



「すまない!大丈夫?」
「たたた、前見て歩きなさいよ..って、トシ?」


そう。気づかなかった。
名前に。




困った。
私の大きな身体に跳ね返ってよろけた彼女を、抱き抱える形になってしまっている。私は私の腕の中にいる彼女にそえた右手を、そのままどっちに持っていったらいいのかを決めかねていた。



(....どうしよう....。)




「いつまで抱き抱えてるのよ」
「あ、あぁごめん。」
「相変わらずよく謝るわねトシは。」
「こちらがよく確認せずに飛び出してしまったんだ、私が悪いよ。大丈夫?」
「ええ。」




ええ。と返されたら会話が終わってしまうじゃないか。そうこうしているうちに名前は顔にかかった髪の毛を耳にかけ、荷物を持ち直す。その仕草が妙に色っぽく、彼女の顔を見つめていた自分に気づいていなかった。



「な、なに?何か私の顔についてる?」
「いや、何も。綺麗だなと思っただけさ。」



私は思った事を口に出してしまうタイプだと自負している。私の一言に顔を赤くした彼女は、なによ、と言いながらそっぽを向いてしまった。



「なぁ。積もる話もあるだろう。久しぶりにディナーでもどうだい?」
「あら、デートのお誘い?少し遅くってよ」


片眉をあげ名前は左手薬指を出してきた。勿論そこに指輪はない。


「HAHAHA!相変わらずだな。私にはエンゲージリングは見えないぜ?断る理由はないはずだろ」
「まあ、食事くらいなら」
「決まりだな、名前」



私が名前を呼ぶと名前は目を泳がせた。本当に、変わっていない。彼女は強気なくせに押しに弱い。昨晩寝ずに何度も考えた彼女に話しかけるシュミレーションとは全く違うパターンではあるが、こうして私は元恋人とのデートにありつけた。








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