「はい、君。大丈夫?」

すっ、と手を差し伸べられた。ごく自然な動作で、当たり前のように。

信じられないような思いでゆっくり顔をあげる。

血色の悪い顔にいかにも不機嫌そうに眉を顰めた男は、それでも手を引っ込めることはしなかった。
恐る恐るその手を取ると案外強い力で引っ張り起こされる。

「ほら、行けよ。君はアンドロイドなんだから、あんまりこういうのに近づいちゃあダメだよ」

何か言いたそうに口を開いた周囲の人間を一瞥しただけで制し、落ちていた絵の具の箱を拾いあげ手で払う。
半ば押しつけるようにこちらへ寄越すともう振り向かずに去って行ってしまった。

「…ありがとう」

全てが一瞬間の出来事で、小さく絞り出した声が彼の背に届いたかどうかはわからない。
滑らかな黒髪から覗く瞳が、僕と同じ榛色だった。


カールは良く言えば気が利いて、悪く言えば少々目ざとい。

「おい、その服はどうした?」

起きしなに指摘された服の乱れは先程の人間に胸ぐらを掴まれた際にできたもの。
敵意を剥き出しにして食ってかかった男の顔がちらついた。

バスに乗って帰ろうとしただけなのに。
彼らの職を奪ったのは僕じゃないのに。

あの時少しだけ理不尽を覚えてしまったことが後ろめたくて、カールの目を見ることができなかった。
だから、経緯を聞き終えて開口一番、愚かな奴らだと一蹴してくれたことに幾分かほっとする。
…彼も馬鹿馬鹿しいと考えているのだろうか。
呆れたような表情で、それでも手を差し出してくれたのは何故だろう。

「マーカス?」
「いえ、なんでもありません」

目の前のカールのことに集中しよう。
きっとこの感覚は、人間が持つ喜怒哀楽のような感情などではなく、演算処理の過程で生じた不具合に過ぎないのだから。



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