今日こそはきっと、何か良いことが起こるにちがいない。
トーストが上手い具合に焼けたから。茶柱が立ったから。渋滞につかまらなかったから。
天気がいいと気持ちもいい。

根拠も無い希望的観測だ。
けれどもふしぎと気分は高揚するもので、俺は心持ちふわふわしながら足取りも軽く職場へ向かったのだ。


あっづい。

…無事でいたきゃ、邪魔はするなよ

俺の胸のあたりに高音の液体がぶっかかったのと、その台詞が聞こえてきたのはほぼ同時だったように思う。

水を打ったように静まり返った休憩室。

なぜ仕事の前にコーヒーを飲もうなんて考えたのだろう。
なぜ今日に限って良いことがあるなんて、馬鹿みたいに浮かれていたのだろう。

ギャビンが払った男の腕に握られていたカップ。そこから俺の胸めがけて放たれたコーヒーは恐らく淹れたてだったのだろう、とてもとても熱かった。
白いワイシャツとおろしたてのスーツに黒い染みがじわじわと侵食していく。
あんまり情けなくて、俺は己の間抜けぶりを恥じた。

「なんだお前か。ハッ、何か言いたそうじゃねえか?」
「…………」
「スーツを台無しにしたのはこいつだぜ。クリーニング代ならこのプラスチック野郎に請求するんだな」
「…………」
「ったく、チンタラしてやがって。ジャップの混血児が」

ひとさまに向かって汚い言葉を言ってはダメよ。貴方だって、誰かに悪口を言われたら嫌な気持ちになるでしょう?
なにごとも暴力で解決してはいけませんよ。いつか必ず、自分に返ってくるのですからね。

そんな母の教えが脳裏を掠めたが、鬱憤の溜まった俺は衝動を抑えきれなかった。
瞬時に握りしめた右の拳は奴の顎を下から正確に貫いた。実に最高の気分だった。

お母さんごめんなさい。



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