ご主人さまの様子がおかしいことには随分前から気づいていた。

だけれども主人の言うことは絶対で、あろうことか命令に反抗するなんて、考えもしなければ出来もしないわけで。

そうして理由をつけて目を背け続けてきたためにバチが当たったのだろうか。



あのご主人さまが、恐怖と侮蔑と欺瞞と、あらゆる負の感情を孕んだ目で俺を見つめている。ジャミルに殺意を向けたことを心底信じられないような、おぞましい化け物を見るような。
常ならばどこまでも優しく温かく、全てを包み込んでくれる瞳で。
俺が大好きなきらきらした紅い瞳で、そんなふうに見ないでくれ。

だってご主人さまを裏切ったのはあいつじゃないか。
初めて人を殺したとき、貴方は感謝してくれた。命を助けてくれてありがとうって。
俺も貴方に救われたから、できる限り恩を返そうと思って、だから、だから。

「やめてくれ…俺の、親友なんだ……」

殺さないで。
カリムは命令ではなく懇願した。
ジャミルのために涙を流して、自分の身を危険に晒してまで彼を守ろうとした。

なんで。ずるい。

俺は頭が悪いから、貴方が身を呈してそいつを庇う理由も、そんな目で俺を見る理由も理解できそうにない。
それに俺はどうしてもジャミルを殺さなければ気が済まないんだ。
ご主人さまにとってどんなに大切であろうが、貴方を傷つけるものが存在する事を許容できないんだ。

ごめんなさい。ごめんなさい。

周囲の制止を振り切って奴目掛けて跳躍したその瞬間、ご主人さまが躊躇なくマジカルペンを振った。深紅の宝石がぴかりと光った。

何故だかわからないけど、もう二度と名前を呼んでもらえない気がした。



ワンワン!

うーん、なんでだろうなー。おすわりもお手もなっかなか覚えないな!

バカなんだろ。

ちゃんと教えれば出来るようになるって!ほら、もういっかいだナマエ!お手!

ワン!

そりゃチンチンだろー!お手だってば!

まったく…ほら、これ食えよ。ごほうびがあれば頑張れるだろ?

すげー尻尾振ってる!へへっ、ありがとな、ジャミル!

ワン、ワン!



どうしてこういうときに限って、こんなくだらないことばかり思い出すんだろう。




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