「ご主人さま」
「あ………ナマエ!来てくれたんだな!!」
寒々しい砂漠の月夜の下、少しでも不安にさせない腹づもりなのだろうか、無理矢理につくった笑顔が痛ましかった。
こんなのなんてことない、だなんて。そんなはずないのに。
ご主人さまの目元には微かに涙の跡が光っていた。
ご自身だって辛かろうに、ご主人さまは砂漠を歩けない人魚と人間のために河を流してやったのだという。
やっぱりご主人さまは誰にでも等しく優しいお方だ。
そこにどんな理由があろうと、悲しい涙を流すような目に遭って良い筈が無い。
許せない。許さない。
夜風を受けながら走る、疾る。
いつもより強く首に回された腕は心細げに震えていた。
それだけで俺には十分だった。
鋭い牙をがちりと鳴らす。一飛びに距離を詰められる間合いを計り、確実に急所を突ける位置を取る。
ジャミルが弱りきっている今こそが息の根を止める絶好の機会だ。
奴の裏切りに涙を流す主人を見て、こいつだけは必ず殺すと心に決めていた。
だと言うのに、ナマエが襲いかかるより先にカリムが飛び出して狼と少年の間に割って入ってしまった。
憔悴したジャミルを庇いながら珍しく語気を強めて叫ぶ。
「ナマエ!やめろ!」
主人の制止を意にも介さず、邪魔が入ったことに苛立たしげに尻尾を振る。
お預けを食らったことが余程気に入らなかったのか、いよいよ狼は牙を剥き出しにして吠え猛った。そこを退け、と言うように。
「ヤバ〜ガチギレじゃ〜ん」
「オーバーブロットでさえ不味いというのに、死人なんて出たら洒落になりませんよ!」
「兎にも角にも、あの狼を無力化することに注力しましょうか?」
「闇落ちバーサーカーとやり合ったばっかりなのに、そんな元気ねーんだゾ!」
周囲の雑音を気にも留めず、なおもジャミルの命を狙う。
再び牙を剥こうとしたとき、ぎらぎらと血走った黄金の瞳がカミルを真正面から映した。
その顔は恐怖に染まっていた。
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