一般的に狼に天敵はいない。
それはこの生物がまごうことなき捕食者であり、食物連鎖の頂点に立つことを意味する。
銃火器こそを用いなければ人間だってひとたまりもないだろう。

しかしながらなんとも忌々しいことに、ナマエにはまさしく天敵とも呼べる、大層苦手とする相手がいた。

「銀の海が夕焼けに染まり、やがて漆黒の宵闇が訪れる…死という恐怖をもたらす夜が唸りをあげて襲い来る!」

「何言ってんのこいつ」

「あ、ハント先輩。お疲れさまです」

大袈裟に抑揚をつけて朗じるルークを目にして、既にひとに戻ったナマエは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
尾を逆立てて唸る彼の傍らでジャックも変身を解き律儀に挨拶する。

「なんか用っスか?」

「いやなに、あまりにも魅力的な獲物が見えたものだからついね!ただユニーク魔法を使った私闘は禁じられている筈だが…?」

「獲物…?いや、私闘じゃないっス。ちょっとトレーニングに付き合ってもらってて」

「ほう?」

ルークの目がすっと細められ探るようにジャックを見つめる。
すべてお見通しだと言わんばかりに薄く微笑む姿に、気圧されるように一歩退いた。

「トレーニングにしてはやたら熱が入っていたようだが?」

「…そ、そんなことないっスよ。ですよね、ナマエせんぱ、」

振り向くと、つい先程までそこにいたはずの男は影も形も無くなっていた。

「は!?」

「ムシュー・ノワールなら主人のもとへ走って行ってしまったよ!ああ、獣の体躯から繰り出される俊敏な動きの美しいことと言ったら!」

「とっ…とにかく、私闘でも決闘でもないんで!俺も失礼します!」

そそくさと去りつつやはり礼儀正しく頭を下げるジャックを見送りながらルークは嘆息した。

「ふむ…なかなかに警戒心が強いな。彼の行動原理は興味深いが、ああも露骨に嫌われていては仕方がない」

ナイトイレブンカレッジの学生であり、ポムフィオーレの副寮長である前に、ルーク・ハントは狩人である。
獲物を追跡し時機を見定め確実に仕留めることが生業。
ひとたび強かな獣を目にすれば、弓弦を弾きたい欲求が滔々と湧いてくる。

あの黒狼は主人に一途な忠犬だが決して人当たりが悪いわけではない。
にも関わらず、自分に対して嫌悪を隠そうともしない振る舞いには以前より違和感を覚えていた。

他の獣人族より人一倍獣性に属していればこその本能だろうか。

「ほんとうの君は従順な飼い犬なのか、もしくは残虐な狼なのか…ああ、君を想うと夜も眠れないよ!」




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