お助けを、ボブ、オレは路地のダメ男
そうとも、路地のダメ男さ!
お助けを、ボブ、オレは路地のダメ男
骨の髄までダメダメ
サリーは俺の愛する女
そうだよ、路地のダメ男さ
サリーはオレが大切に想った女
骨の髄までダメダメ
7年間、可愛いサリーを口説いてきた
そうだよ、路地のダメ男さ
けれどもサリーははぐらかすばかり
骨の髄までダメダメ
帰ってきたら、サリーと結婚する
そうだよ、オレは路地のダメ男さ
子供を6人もうけて、路地で暮らすんだ
骨の髄までダメダメ






がばりと飛び起きた。
ばくばくと激しく脈打つ心臓と、うまく出来ない呼吸のせいで更に混乱する。

今見たものはなんだ?
空気も匂いも話し声も何もかもが馴染みぶかく、本物だった筈で、そうなると、俺は既に死んでいるのだろうか。

あの時確かに俺は海に落ちた。
嵐の日のことで、今でも鮮明に思い出せる、視界を覆う深い青も、肺に入ってくる海水の味も。
海の藻屑となって死ねるのだと少しだけ嬉しく思いながら。

胸に手を当ててみる。心臓はうるさいくらいに動いている。
身体中を包帯で巻かれ、少し身じろぎしただけで走る激痛が、これが紛れもない現実であることを物語っていた。
目の前には太い鉄格子が重く鎮座している。
松明の灯りが頼りなく揺れる牢獄で、俺は足に鎖を繋がれて地べたに転がされていた。

「…」

先ほどまでの光景は影も形もなく、懐かしい潮騒の香りも海特有の湿った空気もすっかり消え失せた。
抵抗する気力すら湧かないまま、ちらちら揺れる炎をぼんやりと眺めるばかり。

海を見ることはもう二度と出来ないのだろう。

何故だか不意にそんな確信が頭をもたげた。
どれだけあがいても成し得ぬばかりか命と精神だけがすり減ってゆく。
ひとたび壁外へ赴けば死が、壁の中には居場所も無く、狂人と誹り迫害されるだけ。
このままここで朽ち果てられるならどれほど楽か。

泥のように沈む意識に身を委ね、瞼を下ろしたとき。
誰かがこちらへやって来る音が牢獄の重苦しい空気を破った。

「…ナマエ?」

「…寝てるの?」

鍵がかちりと鳴る音、続いて鉄格子の扉が軋んだ音をたてて開き、目を閉じたままの俺の傍らに誰かが跪いた。
柔らかな花のような香が漂った。

「ごめんね」

優しく頭を撫でられながら、俺の意識は溶けていった。




それが一体いつからなのか、自分でもよくわからない。
気がつけばいつもナマエを目で追っていた。
こんな壁の中ではとくべつ異質な雰囲気を放っていたから、案外興味本位だったのかもしれない。

首筋からのぞく浅黒い肌には鳥が2羽飛んでいる。つばめ、というのだと教えてもらった。
背中、両腕、足首…体じゅうに彫られた刺青、胸には受けた銃弾や刀傷がくっきりと残り、左手に至っては薬指が欠けている。
ナマエが堅気な者では無いことは明らかだった。

精悍な顔立ちの彼は東洋人だろうか。頬の火傷の痕を隠すように伸びた前髪の奥に、長い睫毛に縁どられた瞳がある。
日焼けの影響か、色素の薄いその瞳で見つめられることが好きだ。
どれだけ訓練で失敗しても、壁外の惨状においても、手酷く拷問を受けても、けして失われなかった強かな意志を宿した瞳。
綺麗なはしばみ色の瞳。

空ばかり見上げる彼が時たま私の方を見る。視界に捉えてくれる。それだけで胸がいっぱいになる。
彼はこの手のことをあまり好ましく思っていないようだから、言えばきっと鼻で笑われるだろうけれど。

眠るナマエの耳の辺りに顔を寄せる。黒い髪が鼻先をくすぐった。私の知らない香り。嗅いだことのない、海の香り。

「好きだよ、ナマエ」




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