スペインへ向かった船がいた
ヨーホー、いざ、出発!
故郷へ戻った船がいた
ほら、トミーがトップスルに!
船倉からは何が出てきた?
ダイヤモンドに黄金もあった
食料庫から何が出てきた?
上質な干しエンドウと、腐った牛肉
ああ、多くの船乗りが溺れ死んだ
ヨーホー、いざ、出発!
多くの船乗りが溺れ死んだ
ほら、トミーがトップスルに!



反吐が出そうだ。酔いの所為ではない。
この、どこを向いても、どれだけぐるぐる廻ってもついてくる、壁の所為だ。
既視感のある煉瓦造りの街並みは妙ちきりんな壁の所為で異様さの方が際立つ。
街がまるごと要塞になっているのかと思ったが、それにしては建物が低く均等で道も広く、むしろ街ごと壁の中にぶち込んだといった方がしっくりくる。
遠くの方にも高くそびえる壁が見える。最悪だ。最悪の気分だ。
ああ、ぐるぐる回ったから気持ち悪い。一体どこの誰だ、あんな代物おったてやがったのは。ブッ殺してやる。吐きそう。

「あ、あの…」

道端でうずくまっていると上から声が降ってきた。金髪の少年が心配そうに覗き込んでいる。

「大丈夫ですか?気分が悪いんですか?」
「おーいアルミン…ほっとけよそんな酔っ払い。どうせあの飲んだくれどもみたく昼間っから酒浴びてんだろ」

後ろから興味なさそうに鼻をほじる黒髪の少年も現れた。
なかなか辛辣なガキだ、海賊相手に。

「ええと、エレンのことは気にしないでください。おにいさん、顔色が、悪…」
「ハァ…ミカサーもう帰るぞー」

金髪が大きい瞳を更に見開き、腰のカトラスとフリントロックピストルを凝視したまま固まった。
目は口ほどに物を言う。こいつは良からぬことを企てる不審者だ、その瞳に恐怖が滲む。
この状態で番兵なんぞ呼ばれたら不味い。とにかく不味い。せっかく海で死ねた筈なのに。牢獄で拷問の末にくたばり、ゴミのように打ち捨てられた同胞を腐るほど見てきたが、あんな最期はごめん被る。

「坊や、こんなのは好きかい?ほら、綺麗だろう?」
「…?なんですか、これ?」
「バーレーンの真珠さ。坊やにあげよう、お友だちには内緒だよ。俺はもう行くから、坊やもお帰り」

つとめて優しげな声で少年の手のひらに真珠をのせる。スペインの船から奪ったものだ。大金になるので惜しい気もするが、これくらいしか子どもの気を引けるようなものがないのである。
少年が真珠を食い入るように見つめている隙にそっとその場をあとにした。


「しんじゅ…ってなんだろう?全身から不思議な香りがした…きっと塩の湖から来たんだ、そうに違いないよ…!」

アルミンは一心不乱に本の頁をめくり続けた。
あの男のシャツから覗く肌はすっかり陽にやけて、腕にはこれでもかというほど刺青がのたくっていた。あそこまでやけた肌は見たことがない。腰からさげていた道具はきっと武器なのだろう、鉛色の刀身にこびりついたどす黒い血を、アルミンは見た。
そして何より…エレンが言うように彼は酒を飲んでいたのだろう…けれどもう一つ、酒とは別の、鼻孔をくすぐるあの香りはアルミンにある郷愁を思い起こさせた。
初めて感じた筈なのに、遠い昔にどこかで確かに嗅いだことのあるその香りの名前を、アルミンは知らない。


とうとうこらえきれずに胃の中のものをぶちまけた。心底嫌そうな顔をして通行人が通り過ぎていく。

空は紅に染まり、人々は家路を辿り、周囲からは香ばしい匂いが漂ってくる。それが気持ち悪くて仕方がない。
あの壁に囚われているのなら、どうして正気でいられるのだろう。当たり前のように日常生活を送っていられるのだろう。
わからない。わからない。わかりたくもない。

「おいおい兄ちゃん大丈夫かぁ?」

またか。うるさい。あぁ、気持ち悪い。

「こ…ここは」
「あん?」
「ここは、牢獄なのか?」

男が酒瓶を持っていた手を降ろした。

「どうしてそう思う?」
「出してくれ。ここから出してくれ。俺には耐えられない」
「外には巨人がうじゃうじゃいるぜ?」
「巨人?何言ってんだアンタ、酔ってるのか…」
「んー、兄ちゃんどっから来た?東洋人みたいだが」
「どこって、俺は…ああそうだ、海に落ちて」
「うみぃ!?ブワハハハハ、酔ってるのはどっちだよ!?」

周囲からどっと笑いが起こった。まるで俺が気狂いかのように、指をさしてゲラゲラ笑っている。背筋が凍った。

「いい歳こいて水遊びか?もう寒くなる時季だからな、風邪ひくなよ!」
「違う!俺は海賊だ!イギリス海軍とやりあっている最中に嵐にあって、海に落ちたんだ!目が覚めたら、こんな…こんな、牢屋みてえな、ところに…」

辛抱たまらなくなって叫ぶも、不快感と焦燥と心細さにだんだんと声は尻すぼみになってゆく。
気付くと笑い声も雑踏の流れも誰かの生活音も、ぱたりと止んでいた。

「ここはどこだ…?」

がくりと項垂れたまま目の前の男に尋ねる。
男はゆるゆると首を振って、まいったなと掠れた声で呟いた。




戻る

トップ