さあ船が出るぞ
さあ朝だ
へべれけ船乗りはどうするよ?
へべれけ船乗りはどうするか?
へべれけ船乗りはどうするさ?
船出の朝がやってきた!
ホースと一緒に水へ突っ込め
船出の朝がやって来た!
牢に入れときゃ酔いもさめるさ
船出の朝がやってきた!
見せたいものがあると言うハンネスに大人しく着いていく。正直なところ、俺ひとりでこの壁を超えることは不可能だろう。ただでさえ手詰まりだった上に牢屋にまでぶち込まれたが、何一つ有効な打開策は見つかっていないのだから。
ならば、壁の中に協力者を作るまでだ。
稼動音と共に昇降機が上へのぼっていく。
小さくなる街並みを眺めながら、これまで散々耳にしてきた巨人について聞いてみることにした。
「巨人ってのはなんなんだ?御伽噺か何かか?」
「いいや。御伽噺でも夢物語でもない。それについては実際目にした方が早いだろう」
「人間を食うと聞いたが」
「ああ。よくエレンは俺たちをまるで家畜だっていうけど、あながち間違っちゃいねえな。あいつらは牛や豚と同じように人間を食うからな」
自嘲気味にハンネスは笑った。
「いつぞやお前も言っただろう、ここは牢獄かって。あれな、正直ぶん殴ってやろうかと思ったんだ。でも…」
それきり沈黙したまま、やがて緩やかに昇降機が止まった。
「あぁ…いるよなあ、そりゃあ」
壁の向こう側は、緑豊かな自然が広がっていた。それだけならなんてことないごく普通の風景が、遥か下方に蠢く人影のせいで不気味な雰囲気を醸し出している。
「なんだ、あれ…」
壁の上からでもわかる巨躯はなぜか全裸で、二本足で歩き、人間のようにもみえる何かがしきりに外壁を叩いていた。一人ではない。
大木の根元に座り込んでいるのもいれば、やたら走り回っているのもいる。大小さまざまなそれらが巨人で、生きたまま人を食うのだとしたら…とほんの少し想像しただけでも悍ましい。
「意思疎通はできない。そもそも言葉を持たないらしい。俺たち以外の人類は、巨人に食い尽くされちまった」
「…は?何言ってんだ。正気か?」
「ワハハハハハッ、ハァ…壁の外から来たんなら、まるきり馬鹿にみえるだろうな、俺たちは…」
ハンネスは乾いた笑い声をあげ腰を下ろした。
すっかり諦めたような虚ろな瞳は、遥か下方でじっとこちらを見上げる巨人を見つめ返していた。
「世界はもっと広いんだ。こんな壁の中なんて比じゃない。人類が巨人に食い尽くされただなんて、よくもまあそんなほらが吹けるもんだな」
「…俺は、ナマエが羨ましい。なあ、よければ海のこと聞かせてくれないか」
「その手の話は不味いんだろう」
「んなもんどうでもいいさ。どうせ誰もまともに聞いちゃいない。聞こうともしない」
それもそうか。それもそうだな。
互いに頷きあって、それから俺はぽつりぽつりとこれまで海で体験してきた出来事を話し始めた。
船歌を歌っているとやってくる海鳥のこと、嵐のあとは甲板の掃除が大変なこと、晴れた日の夜空では海の水面が星を散りばめたようになること。
ホーニゴールドと出会ってサッチの船に乗ったこと、初めてスペインの戦列艦を沈めた時のこと、ハバナの波打ち際で花の香りの女と微睡んだこと。
ハンネスは時折相槌をうちながら静かに聞いていた。笑うことも嘲ることもしなかった。
とても強い風が吹いていた。
「この壁の…ずっとずっと向こうには海があって…そんな世界が、…」
「信じられないか?」
「いや…信じたい、と思う」
彼は吹きすさぶ風に少し身震いして、それきり黙った。
俺にとっては信じても信じてもらえなくても構わなかった。壁の外をこの目で見て、俺の居場所はここではないとはっきりわかった。それだけで、充分すぎるほどだっだ。
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