哀れな老人、馬で通りがかった
そうとも、分かり切ったこと
おお、哀れな老人よ
私は言った、「おじいさんあなたの馬は死ぬでしょう」
馬が死んだら皮を剥いでなめそうか
もし死ななければ、もう一度乗るだけ
私が乗ってやろう、いつかお迎えが来るときまで
馬の命は風前のともしび
死ねば全ては吹っ切れる
眉毛を使って船帆を縫おう
蹄の鉄は、甲板を打つ釘になる
おお、哀れな老人よ
長い縄を使って、馬を眠らせてやった
そうとも、望んだとおりさ
体はサメに食い尽くされ、魂は悪魔に奪われよう



あれはいつのことだったか。
酔っていたのか…サッチに限ってありえないが…なんの前触れもなくひとりの砲手の膝を撃ち抜いて、「時々こういうことをしなきゃあ、おめえらは俺がどういう男か忘れちまうだろうが!」と言ってのけたことがある。まったく、度肝を抜かれた。
エドワード・サッチという男は、残忍で豪胆で、しかし頭の回転が速く機転が利き、時には信頼の置ける仲間に限り、慮るような懐の深い一面もあった。
口が裂けても教えてやらないが、叶うことなら彼のような船乗りになりたいと密かに願ったこともある。勿論、強引で融通のきかないところに辟易もしたけれど。
それでも、鼻の先まで霧に覆われた船旅だろうとも、サッチが舵を握っていれば何がきたって大丈夫と思えるくらい頼もしい男だった。
いま、この瞬間、隣にサッチがいてくれれば。

「……あれが、巨人…」

55ヤードはある壁から巨大な人の頭が覗いていた。
大砲をぶっ放した時よりも遥かにでかい轟音が響き、破壊された壁の破片が雨のように降り注ぐ。
巨人が街に入ってくる!
誰かが叫んだ。みんな走り出した。


大層な地響きを鳴らしながらこちらへやってくる目算13フィートほどの巨人は、ひどく嬉しそうな笑顔を浮かべていた。人間を食べたくて食べたくてたまらない、とでもいうように。
巨人は人間を食う。巨人は人間を食う。
ハンネスの言葉が頭に浮かんでは消えて、俺はこの非常時に腰の武器に手を伸ばそうともしなかった。
目の前で足をもつれさせて転んだ女を巨人がおもちゃみたいに拾い上げる。絹を裂くような悲鳴と共に涙を浮かべた瞳が俺をとらえた。

「たすけて!!」

咄嗟に抜いたフリントロックは命中精度が低く単発式だ。射撃は得意じゃないが有難いことに的はアホほどでかい。やるしかない。
巨人の急所はうなじだ。確かハンネスはこう言っていた気がする。

「おらこっち見ろ!のろまの豚野郎!」

撃鉄が作動して発射された弾は巨人の右目のど真ん中を撃ち抜いた。続けて弾を込め、普段通りに手が動いてくれて助かった、2発目を左目に。
顔をしかめた巨人が捕食を中止し、右手に持っていた女を放り投げる。俺は巨人めがけて走り出す。大砲を浴びても再生するという身体では、ピストル程度の怪我などあっとういう間に完治するだろう。
右手で目をおさえ、左手をついてうずくまる巨人の背後に回り込む。脳髄まで弾が貫通したのか知らないが、余程痛いようで動きが鈍っているのも幸いした。この高さならなんとか登れそうだ。近くの店先の軒を利用して首元まで飛び降りた。

「うなじ、うなじ…このへんかっ!?」

カトラスと左腕のブレードを交差させ、うなじ周りの筋肉を削ぐことを意識して幾たびも腕を振るう。血しぶきを浴びながら、裂くたびに修復を始める硬い組織を前に、ハンネスの言っていたことはでたらめだったのではと思い始めた矢先、限りなく人間に近い肉の柔らかさを感じた。
次の瞬間、視界が蒸気に覆われた。
もうもうとした煙の中やっとの思いで巨躯から降りると、ちょうど巨人がずるりと体をくずして横たわった。それきり動かない。

「…し、死んだのか…?」
「あ、あなた!あなた!!」

放心していた女が走り寄って、ぐいぐい腕を引っ張り始めた。

「あ…無事か?」
「にっ逃げなくちゃ!逃げなくちゃ!」

髪を振り乱して女は叫ぶ。
すると急に聴覚が正常に働き始めたように、そこらじゅうから巨人の足音と誰かの悲鳴が聞こえてきた。情けないことに、今更になって体の震えが止まらない。
海に帰る前に死んでたまるかと、おびただしい数の死体が転がる道をひたすら走った。


人でぎゅうぎゅうになった避難船に押し込められる。これ以上乗ったら転覆するんじゃないかというところまで人を乗せて、船は進む。どいつもこいつも悲壮感漂う面で辛気臭いったらない。
…こんなとき、海賊でよかったと心から思う。天涯孤独の身は気楽でいい。

「ナマエさん…?」

か細く小さな声が背後から聞こえた。
振り向くと、エレンとミカサが疲れた表情を浮かべてそこにいた。近くに保護者らしき姿は見えない。

「生きてたのか」
「ナマエさんもな…」

エレンは赤い目元をごしごしこすった。つい先ほどまで泣いていたのだろう、ミカサはマフラーに鼻までうずめて縋るように俺を見た。

「…お前らはまだガキなんだから、好きなだけ泣いてろよ」

腕を伸ばして二人の小さな頭に掌を置く。親のいない俺が子供にしてやれることなんて、この程度だ。
エレンがぐ、と唇をかんだ。

「大人だって泣き喚いてんだ、ガキが我慢する道理はねえよ」
「……う…」

みるみるエレンの瞳に涙が溢れた。ミカサは俯いて肩を震わせている。
それきり誰も口を開くことなく、小さな二人の体温を感じながら、俺は深い眠りに落ちていった。




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