もっとお役に立ったらどうだい!お役に立とうぜ、お役にさ!
おお、マストを登って帆桁の上へ!おお、帆桁の上から帆桁の下へ!
文句を言ってもやらねばならぬ、文句がひどけりゃ頭を殴られ!
おお、イカした船に、イカした船乗り!
俺たちゃ頼れる海の男、またもや前金は海へと消えた!
雨でも雹でも、あいつは気笛につきっきり!
歌って引いて、引いて歌って!この帆桁に登って踊ろう!
マストを登って帆桁の上へ、だって俺らは外海へと向かう!
役立つ船に役立つ船乗り、役に立つ航海士に大将もいるぞ!
お役に立とうぜ、お役にさ!
俺は一枚の紙切れをテーブルの上に置いた。
ウォール・マリアにおける領土奪還作戦。
壁内での食糧事情と治安問題をいっぺんに解決する奇跡の策だ。考案した奴にクソにまみれた鉛玉をくれてやりたい。
「なんでナマエさんが、」
「そりゃあ口減らしには俺みたいなはみ出し者からって相場が決まってるだろう」
「だって、こんな…おかしいだろうが!」
「エレン。やめなさい」
勢いよく立ち上がって乱暴に椅子を蹴り飛ばすエレンをミカサが諭す。考えなしに突っ込んでいくエレンを宥めるのはいつもミカサだ。開拓地では日常的な光景だった。
厳しい環境の下で耕す畑は痩せ細り、課せられる税は重くなる一方、視察に訪れる憲兵からは暴言と暴力の応酬。男も女も、大人も子供も関係なく。
海賊の俺から見ても酷い有様だった。何故暴動が起きないのか不思議なくらいだ。
「ナマエさん。お願いがあるんだけど…実はこれ、僕の両親のところにもきたんだ」
溜めたものを一息に吐き出すように言ったきり、俯くアルミンの表情は見えない。きつく握りしめた拳が震えていた。彼が言わんとしていることが、なんとなくわかった。こんな子供がひとり抱え、悩み、どれほど心を痛めてきただろう。
巨人と一戦交えたとき、自分のことだけで手いっぱいでとても他人に気を配れる余裕は無かった。だが、瞳いっぱいに涙をためて懇願するように見上げられては無碍にもできない。
「…約束はできないが。一応、気にかけといてやる」
「あ、ありがとう…!」
この子は賢いから、気づいているはずだ。
巨人の土地から生きて帰ってこられるわけがない。こんなやりとりは、まったくの無意味だと。
正直なところ、俺でさえ不安で押し潰されそうなのである。子供の手前平気そうに振る舞ってはいるが、巨人のあの姿を思い出すだけで手も足も震えてくる。
「やだよ!ナマエさん!行くなよ!」
顔を歪めてエレンがわがままを言った。ミカサは口を挟もうともしない。
「海図の描き方教えてくれるって言ってたじゃねえか!いつか船に乗せてくれるって!たかが、こんな…口減らしで死ぬつもりかよ!?」
「ナマエさん。ほんとに行くの?どうしても?」
いつもは無口で無表情なミカサが小さく震えながら俺の手をとった。
開拓地に来てからというもの、頼れる大人が俺かハンネスくらいしかいなかったためか、いくらか彼女も俺に心を開いてくれた気がする。大人びているように見えてその実、本質的にはまだ子供なのだ。
「抵抗しても憲兵どもがしょっぴいてくだろ。行くしかねえな」
「…ヤダ」
段々と握り締める力が強くなっている気がする。骨がミシリと鳴る音が聞こえた。
「エレンも手伝って。全身骨折程度に留めれば、ナマエさんは招集に行かなくてすむ」
「……おう!」
アルミンが止めてくれなければ、俺は今頃殺されていただろう。
立体起動装置により巨人と戦う技術を身につけるべく、しかし俺はこのしちめんどくせえベルトやらボンベやらを脱着するのに四苦八苦していた。
奪還作戦の名の下に集った役立たずの烙印を押された人間は壁内人口の約2割。
一応巨人と戦うことが推定されるので、一応立体起動装置を使えるようにしておけということで、一応戦闘訓練らしきものを受けている最中だ。
手始めに教官の見よう見まねで着けたものの、いざ自分でやってみるとなるととてつもなくめんどくせえのである。
「チッ…ああもう…いいや」
「あはは、大丈夫?」
教官のひとりがにこやかに近寄ってきた。俺は中途半端にベルトをぶら下げたまま、忌々しく本日何度めかの舌打ちをした。
「ひどいね。こんがらがっちゃった?」
「ほっといてくれ」
「私も頑張って教えるから、まずはこれ、ほどこうか」
言いながら俺の腰に手を回すとちょうど背中を見下ろす形になる。ハンネスのものとは違う紋章を背負っていた。
「薔薇じゃないのか?」
「え?…ああ、これは…よっと。はい、足あげて。私は調査兵団だからね」
調査兵団。自由の翼とかなんとか、エレンがやたらと騒いでいた気がする。壁の外へ赴く、唯一の手段。
「私はナナバ。ちょっと見てたけど、君、筋がいいよね。身体鍛えてるでしょ」
過酷な環境の海で過ごしていれば皮膚は厚くなるし筋肉もつく。下手をすると仲間内でも殺し合いに発展するため生傷も絶えない。
壊血病をはじめとする病気の類は常につきまとうし、腹が減りすぎて皮袋を無理やり飲み下したときには幻覚を見た。
なにやらろくな思い出がないが、ふいにあの頃に戻りたいと思ってしまった。
「教え甲斐があると思って…ほら、みんなあんな感じだし」
ナナバにつられるように周囲を見渡す。言葉は交わさずともその一様な表情がなによりも雄弁に物語っている。
こんなことをして何の意味がある、どうせ巨人に食われるのに、なんで自分だけ。
教官連中も目に見えてやる気がない。
訓練兵を志すエレンがおよそ三年ほどかけて卒業するんだよと教えてくれたところを、奪還作戦を一ヶ月後に控えた今日から立体起動の訓練を始めるというのだから、そのあからさますぎる態度に怒る気力も失せてしまう。
「…海を」
「え?」
「海を見たことはあるか?調査兵団なら、壁の向こうを知ってるんだろう?」
「海はまだ見たことないかなあ。海、見たいの?」
それなら、まずは生きて帰ってこれるように頑張らないとね。空色の瞳と視線がかち合った。
「私はナナバ。よろしく頼むよ」
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