あの腐れヤクザはそう言うが早いか、呆気にとられる無防備な俺の腹に、ほんとうに拳を叩き込んだのだ。
「俺もなぁ、桐生ちゃん見てなあかんから、いつでもお前に構えるわけやないねん。ま、気が向いたら殴りに来るわ」
激痛に呻く俺を見てニタニタ笑いながら、容赦なく背中を蹴り飛ばす。
胃の内容物が逆流するのを感じた。喉が異様に熱く、視界は涙に霞む。
「ほな、さいなら」
そいつは自らを真島と名乗った。正真正銘、本物のヤクザらしい。
サンドバッグにするという絶望的な死刑宣告を受けたものの、未だ半信半疑であった俺は別段今までと変わりない生活を送っていた。
あんな鬼みたいな男が、わざわざ俺を殴るためだけにそう何度もやって来るだろうか?
あれ以来しつこかった留守録もぴたりと止み、ここ一ヶ月真島の姿を目にすることもなかったから、そんなふうに、俺はあくまでも能天気に構えていた。
つくづく愚かだった。
毎週火曜日は一般ゴミの収集日である。
夜の内に生ゴミなどをまとめておき、出勤時に捨てていくのが俺の常だ。
なので今朝も例に漏れず、階下のゴミ捨て場に置かれている青いポリバケツの蓋を、なんの気なしに持ち上げた。
「名前ちゃん、おはようさん」
すぐ閉めた。
蓋を押さえ込んだ手が、というかゴミ箱自体ががたがたと揺れている。
「ちょっ閉めんなや、開けろ!」
心の底から見なかったことにしたいのだが、手に持ったゴミ袋をなんとかしなければ仕事にも行けない。
つまりゴミ袋を然るべき場所に捨てて行かなければならないが、肝心のゴミ箱には既にヤクザが入っている。
そしてこの手を放せば中のヤクザが出てきてしまう。
八方塞がり、万事休す、絶体絶命。
しかし冷静な俺の脳は、こんな状況下においても最適解を叩き出す。
この業務用のポリバケツは、蓋の両脇についているフックをはめると簡単には開かない仕組みになっている。少なくとも中から開けることは不可能だ。
未だ外に出ようと暴れるヤクザをそのままに、俺はそのフックをふたつともしっかりかけ、ついでに粗大ゴミとして出されていた電子レンジを上に乗せると、手にしたゴミ袋を別のポリバケツに放り込んだ。
中のヤクザが無事に収集車に回収されることを祈りながら。
…仕事、行くか。
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