そんなものは、ない。

つまるところそれは、桐生さん自身があの真島に執拗に命を狙われており、その度に己の拳ひとつでなんとか切り抜けてきたと、こういうわけである。

倒しても倒しても時々殺してもつきまとい続けられるので、もしや不死身なのではないだろうかとも思ったこともあるそうだ。

なんだよその人外逸話。聞いてないよ、最早ヤクザの領域超えてるだろ。

この間は腹をナイフで刺されたんだが、次の日にはぴんぴんして普通に襲ってきたぞと桐生さんはしれっとつけ加えた。

グラスには一度も口をつけていないというのに、どういうわけだか俺の頭はぐわんぐわんだ。



夜の神室町を歩く。

特段人を避けている自覚はないが、不思議と誰にもぶつかることなく天下一通りを抜けた。

電車で帰るのも面倒だし、ちょっと贅沢だけどタクシー拾おうか、なんか、すっごく頭痛いから。

ちょうど客を待っていたであろうタクシーにこれ幸いと乗り込む。

「お客さん、どちらまで?」

「……………」

なんだろう嫌な予感がする。
第六感的なあやふやでぼやけているが、しかし確信を伴ったもの。
つい先程聞いた桐生さんの言葉を反芻する。

『くれぐれも用心しろ。
兄さんは、どこにでもいるから』

彼は親切にも真島に襲撃された状況の具体例を丁寧に列挙してくれた。

マンホール、パイロン、チンピラとの喧嘩中。
警察官、キャバ嬢、タクシー運転手。
コンビニ、ビデオ屋、ハンバーガーショップ

本当にいつでもどこでも、ひとときも離れることなく虎視眈々と桐生さんの命を狙っているらしい。らしいって意味わかんねえよ、なんだそれ。

『普通のタクシーに乗った筈なのに、知らない埠頭で降ろされてな。神室町まで帰して欲しかったら喧嘩しろと脅されたんだ』

結局俺が勝ったがな、と得意げに微笑む桐生さんに、あんたも真島と同じくらいぶっ飛んだ男だよと喉まで出かかったのを覚えている。

「お客さん?」

「…すいません、やっぱ、降ります」

突然後部座席のドアが閉められた。続いて、無常にもがちゃりとロックされる音。

突然のことに狼狽る俺をよそに、運転手はひとり肩を震わせている。

「…あんまつれんこと言うなや。なぁ?名前ちゃん」




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